前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~意図せざるトランプ効果~

 トランプ大統領のホワイトハウス復帰が主要国の保守派から歓迎されたのは、つい昨日のようだ。イタリアのメローニ首相との仲睦ましいツーショット写真は世界を駆け巡った。バンス副大統領、イーロン・マスクがドイツのAfDを露骨に応援したことも注目を集めた。

 だが、その後の展開は大方の予想とは異なる方向に進んでいる。カナダと豪州で行われた総選挙に着目したい。

 井の中の蛙の日本人の間には、「日米同盟が日本外交の基軸」との呪文に踊らされて、アメリカも対日重視とのひとり勝手な思い込みに捉われている向きがあるが、米国から見れば日本は数ある同盟国の一つ。日本でもよく知られたある米国人シンクタンカーは、「アメリカにとって日本は最も戦略的に重要な同盟国だが、最も親密な同盟国はオーストラリア」と喝破する。

 もちろん、英語、歴史、文化、生活様式の共有がファイブ・アイズ諸国(米英豪加ニュージーランド)の強固な紐帯の基礎にあることは間違いない。加えて、第一次大戦以降、米国が戦ったすべての戦争で米兵の横で銃をとって戦ってきたのは豪州兵との実績が、上記の評価につながっている。

 そうした豪州やカナダで最近行われた選挙は、多くの予想を覆す結果となった。

 カナダでは、「カナダのトランプ」と称されたポワリエーブル議員を党首に擁した保守党が一時は自由党に大差のリードをつけていた。だが、「カナダはアメリカの51番目の州になるべきだ」といったトランプの暴言、そしてカナダ産品に対する関税引上げ。トランプのアメリカに対する忌避感、反感が強まった。結局、選挙ではカーニー首相率いる中道の自由党が圧勝し、ポワリエーブル党首は自らも落選する憂き目にあった。

 豪州も同様だ。名うての労働党左派で、実績と人気に欠けてきたアルバニージー首相。本年始めにはダットン自由党党首の人気に後れを取り、一期のみで退陣かとの予想も出たものの、5月3日に行われた選挙では予想を上回る圧勝をとげた。対するダットン議員は自らも落選。あたかもカナダと相似形の展開となった。背景には、豪州産の鉄鋼・アルミニウム製品に対してまでトランプが関税を引き上げる中、自由党と国民党から成る保守連合が政権復帰したところで問題の改善はないとの諦観が働いたことは否定できない。

 日本として、何を学びとるべきか?

 ひとつは、トランプの米国が打ち出している政策は、他国の保守政治家の助けになるわけではないという現実認識だ。ことに、同盟国に対する領土要求や関税引上げは、同盟国の保守政治家の立場をむしろ損なってしまっている。その意味で、まさに「アメリカ・ファースト」。イデオロギー上の連携などより自己に有利なディールを貪欲に追求しているのだ。

 他方で、同じくファイブ・アイズの一角をなすイギリスの下院補選・地方選挙では、保守党でも労働党でもないリフォームUK党が大きく躍進した。党首はトランプとも盟友関係にあるファラージ氏。成功の要因は、移民や生活費高騰などの懸案に対して保守色が強い政策を打ち出していることだ。カナダや豪州で負けた保守系政党に比べて「十分に保守だ」との指摘だ。

 対中姿勢や夫婦別姓問題で十分に保守でないと認識されてきた自民党から「岩盤層」が離れ、保守を標榜する少数政党どころか、かつての民主党政権を担った国民民主党にまで支持が移っている日本。7月の参院選を控え、諸外国の様相には多くの示唆が潜んでいる。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年駐豪大使に就任。23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)、「超辛口!『日中外交』」(Hanada新書)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)、「媚中 その驚愕の『真実』」(ワック)等がある。

ライフ