【ロシア】「肉の壁」の次は「死刑復活」で受刑者を一掃したいプーチン大統領の魂胆

 ロシアが人権救済機関「欧州評議会」に加盟する前提条件として、“死刑停止”を宣言したのは1996年のこと。調印したプーチン大統領の前任者であるエリツィン氏は評議会に対し、「直ちに死刑執行を中止し、3年内に死刑制度を廃止する」と約束。99年には憲法裁判所が「ロシア全域に陪審裁判が導入されるまで死刑判決は下せない」と判断し、陪審制定着後の09年の時点でも停止を継続。以降、裁判所での死刑宣告が禁じられ、20数年の間、執行がないまま現在に至っていた。

「ところが22年2月のウクライナ侵略後、ロシアは欧州評議会から追放され、事実上、死刑執行中止に縛られる理由がなくなった。加えて140人以上の死者を出した今年3月のモスクワ郊外でのコンサートホール襲撃事件の容疑者らにも、現行では死刑を適用できないことから、一部政治家の間からは死刑制度復活を訴える声が急速に高まっていたんです」(ロシア情勢に詳しいジャーナリスト)

 そんな中で起きたのが、ロシア南部ダゲスタン共和国での教会襲撃事件(6月23日)だった。独立系メディアの報道によれば、この事件によりプーチン政権の統治能力を疑問視する声が続出。ウクライナ侵攻後からロシア国民が抱えていた不満が一気に爆発する可能性にも言及している。

 これまで、政敵や自分の意に沿わない人間は、いとも簡単に消してきたプーチン氏だが、死刑制度に関しては02年には「私がいる限りロシアにこれ以上死刑制度はないだろう」と述べ、22年にも「自身の考えに変わりがない」として死刑反対の立場を変えていないが…。

「かつてクレムリンのペスコフ報道官が“肉の壁”としてウクライナの戦場に送られている受刑者に対し『重罪を犯した者を含め、受刑者は戦場で銃弾や砲弾が飛び交う中、突撃隊の一員として血で罪をあがなっている』とつい本音を漏らしたことがあるように、見方を変えればこれが合法的な処刑とも取れる。ところが皮肉にも今、政権の思惑に反し多くの受刑者が帰還。無罪放免となって凶悪な犯罪を起こし、その批判の矛先がプーチン政権に向かうという悪循環が起こっている。そのガス抜きのためにも、死刑反対の立場をとってきたプーチン氏としては死刑制度復活の声がもっと盛り上がり、世論の声に押されてやむをえずに復活、というスタンスをとれば国際社会に対しても格好がつく。しかも、ウクライナでも“処分”できなかった重罪犯を今度は堂々と処罰することができる。現時点でプーチン氏は死刑制度について言及していませんが、おそらくは世論の声が高まるのを待っているという状況なのでは」(同)

 昨年、プーチン氏の支持者として知られる国営メディア司会者のウラジーミル・ソロビヨフ氏は番組内で、プーチン氏の思いを代弁するかのように、こう叫んだ。「あばずれと旦那を一緒に射殺すべきだ。我々は戦争をしている。死刑を復活させ、世界のどこにいる敵でも容赦なく壊滅させる」。さて、プーチン氏の思惑は…。

(灯倫太郎)

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