日本銀行の植田総裁が3月19日に記者会見を開き、マイナス金利の解除と長短金利を細かく制御するYCC(イールドカーブ・コントロール)、日経平均ETFの買い入れをやめると宣言した。金利を上げるのは17年ぶりだ。
金融政策の中軸として株式を保有するなんてことは、決して好ましいことではないはずなのに、今まで株価が急落することがあれば、日銀が日経平均のETF、これは株式市場に上場されている投資信託みたいなものだが、これを大量に買うことで株価を支えてきた。これらの異次元の金融政策、否、異様なことをやめると決断した。
日銀はアベノミクスの時代、政権与党が大盤ぶるまいで、むやみに拡大させた国の予算のための買い手が少ない大量の日本国債を買い支えた。
私は今の円安と、それによって国民を3年も4年も苦しめているインフレ、それも食料品や光熱費、公共料金などの生活必需品中心の値上げは、こうしたアベノミクスの過去のツケが災いしていると考えている。
ツケ払いでいつまでも飲み食いできるわけがない。日銀の植田総裁は、アベノミクスの負の側面すべてを飲み込んで、日本の金融政策を真っ当な路線にジワリと戻そうとしているのだ。
私は権力を握った人を礼賛する風潮をあまりよしとしていない。しかし、今の植田総裁は別だ。とても優秀で、謙虚で、政策手腕も見事である。
繰り返しになるが前任の黒田総裁時代は、政治権力とベッタリとくっつき、中立で政治からは距離を置いて政策を行うという中央銀行本来の姿とは別のものになってしまった。ひとつヘタをすると日本円や日本国債が暴落につながるような流れの中、植田総裁は慎重に、それこそ針に糸を通すような繊細な金融政策の変更を行ったのだ。
前任者はサプライズで市場に大きな変化を与えることを好んでいたのに対し、今回は事前に副総裁や委員が市場に日銀の政策変更の可能性をにじませる発言を積み重ねた。市場の反応を見極めつつ、新しい政策を世の中に染み込ませるようにして、ほぼ全員が認識し、納得したところで最終的な決断を発表したのだ。
加えて、前のめりな市場参加者をいさめるためだろうが、すぐに政策金利をトントンと上げていくようなことはしない。金融緩和の姿勢は、すぐには崩さないとも表明した。
金利が上がれば株価が下がり、円高に進むのがセオリーなのだが、今回はそのどちらも起こらなかった。市場に荒波を立てず、静かに17年ぶりの政策変更に成功したことになるのだ。次に控えるのは短期金利の引き上げだが、植田日銀なら急がず、しかし、遅すぎないようなタイミングを見計らって行うだろう。
アベノミクスで歪みに歪んでしまった日本経済のもう1つの病巣に手をつけるのは、岸田首相の役割だ。それは、日本人の給料、賃金の低さ。大企業に関しては、先の2024年春闘の集中回答で5%を上回る賃上げが実現しそうだが、日本人の大多数が働く中小企業や非正規として働く人の賃金の先行きは依然として不透明である。
まずは内部留保が山ほどあり、金利上昇にも十分耐えうる大企業が、取引先の中小企業からの真っ当な値上げ要請を断れないように指導監督し、中小企業が賃上げできる環境を整備し、最低賃金も引き上げる。
特に都市部と比べて低いままの地方の最低賃金を上げることであり、汗水流して働く日本人がまともな、当たり前の給料がもらえるようにすること。これによって購買力が増し、内需で経済が回っていくようにする。これこそ岸田首相のなすべきことである。
与党内の権力バランスばかりに気を配るのではなく、国民が喜ぶ政治をすること。それが岸田首相の権力基盤を強くするということを忘れないでもらいたいと思うのだ。
佐藤治彦(さとう・はるひこ)経済評論家。テレビやラジオでコメンテーターとしても活躍中。新刊「つみたてよりも個別株! 新NISA この10銘柄を買いなさい!」(扶桑社)が発売中。