永江朗「ベストセラーを読み解く」渡り鳥は1万キロ以上も無着陸 生物の巧みな生存戦略に迫る

 名著「ゾウの時間 ネズミの時間」(中公新書)で知られる動物生理学者の新著。「ゾウの時間─」は「時間」がキーワードだったが、この本は「移動」がポイント。動物はいかにして陸を走り、空を飛び、水中を泳ぐのか。

「移動」は力学が支配する世界である。力学的に見ると動物の身体は実に巧妙にできている。本書を読んで「なるほど!」と感心することしきり。ときどき難しい数式が出てくるし「流体力学ちょこっと入門」などという章もあるが、そこは飛ばしても無問題。

 ヒトと恐竜と鳥の共通点は何か。2足歩行することである。ティラノサウルスを思い浮かべていただきたい。2本の足で身体を支えている。横から見ると頭と尾の間に足があってヤジロベエのようだ。鳥は恐竜の末裔。木の枝にとまっている時や地面を歩いている時の姿を横から見ると、恐竜そっくりだ!

 ところがヒトは違う。頭から足まで垂直に一直線。恐竜と鳥は「T」の横棒を長くしたような感じだが、ヒトは「I」。しかも頭が重くて不安定である。この不安定さを利用してヒトは効率よく移動する。つまり、体重を前に移動するとコケそうになるので思わず足が出る。その連続でスタスタ歩ける。倒立振り子運動というそうで、省エネにもなっているらしい。ちなみにヒトがふつうに歩く速度に個人差はあまりなく、成人で時速4~5キロメートル。これは理論上の最小輸送コストとも一致するのだとか。

 ヒトに限らず、動物が移動する時、一番力を使うのは身体を持ち上げておくことなのだという。なんと、前に進む力の8倍も使っているそうだ。どおりで太った人が歩くと汗だくになるはずだと納得する。自転車を使うと、この身体を持ち上げておく力が、いらなくなる。歩くより、はるかに少ないエネルギーで移動できる。自転車は偉い!

 鳥は恐竜の子孫だが、空を飛んで移動するために、ずいぶんと大胆な身体の工夫をしている。まず徹底的な軽量化。例えば、鳥には膀胱がない。尿が溜まると重くて飛行の妨げになるからだ。だから排泄は糞だけ。消化器系も軽量化のため単純化。骨も軽量化していて、歯がない。クチバシでついばめる栄養価の高いものだけを食べ、野菜はあまり食べない。

 驚くのは渡り鳥だ。例えば、オオソリハシシギという大型のシギは、アラスカで繁殖してオーストラリア東部やニュージーランドに渡る。1万7000キロメートルを8日で飛び、そのうち1万1000キロメートルは無着陸。時速90キロメートルで飛び続けるという。その間は飲まず食わず。渡り終えると体重は半減するというのだから、すさまじい。そんなにまでして渡るのは、餌を得やすいことや、他の生き物の餌になりにくいからなど理由があるらしい。飛びたいから飛ぶのではない。

 あらゆる生き物は餌を得るために移動し、他の生き物の餌にならないよう移動する。私たち人間も移動し続けなければならない。「ライク・ア・ローリングストーン」(ボブ・ディラン)である。

【「ウマは走る ヒトはコケる 歩く・飛ぶ・泳ぐ生物学」本川達雄・著/1100円(中公新書)】

永江朗(ながえ・あきら):書評家・コラムニスト 58年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。

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