寺脇研が選ぶ「今週のイチ推し!」敦賀は交直流の境駅だった! 鉄道の“さかいめ”探訪記

「境界駅」とは、著者が新しく作った概念らしい。鉄道の上で、何かと何かの境界に当たる駅のことを、そう名付けている。いささかこじつけめいているようにも感じるけれど、各駅の探訪記を読んでみると、これがなかなか面白い。

 一番手として登場するのは熱海駅だ。東京から西へ向かうとJR東日本管内からJR東海に変わるのがここだと初めて知った。なるほど境界である。東海からJR西日本に変わる米原駅、西日本からJR九州の下関駅と進む中、ちょっとした旅行気分になっていく。

 というのも、各駅を実際に訪ねた紀行文が充実しているのだ。カラー写真をふんだんに使っているから景色や町の風情が鮮明にわかり、実際に現地へ行ったような気分を多少なりとも味わえる。その駅に関する鉄道のあれこれの、細かい蘊蓄が盛り込まれているのは、鉄道関係本を多数出している著者の面目躍如だが、それだけでなく、土地の歴史や風土を丹念に調べて意外な過去を教えてくれる。

「境界」の種類は、他にも多岐に及ぶ。大阪府と京都府の府境にある山崎駅は、秀吉と明智光秀が雌雄を決した古戦場であり、現在も勝敗のカギとして使われる「天王山」の語源はここにあるという。東海道本線から山陽本線に変わる神戸駅は、今でこそ三ノ宮や新神戸の陰に隠れているけれど、明治から大正にかけては大ターミナル駅だった‥‥。

 JRと私鉄や第三セクター路線との境界となると各地にあるし、交流電化と直流電化という電化方式の境目なんていうマニアにしかわからないものまで挙げられている。3月の北陸新幹線の延伸で脚光を浴びている新しい終点・敦賀駅も、本書では、それ以前に交流・直流の境界駅としてのみ取り上げられているマニアックな視点が微笑ましい。

 北陸といえば、あの能登半島地震は、本書の発行日23年12月30日の翌々日に起きている。この方面における電化・非電化の境界である和倉温泉駅の項では、震災前の、のどかな風景写真と共に、1200年前からの温泉の歴史、近くにある由緒ある港町・石崎の様子などが紹介される。読むにつけ、地震で大打撃を受けたこの地域の1日も早い復活を願いたくなる。

 そしてユニークなのは、鉄道や行政区域とは全く別次元の「境界」だ。広島県の上下駅、山形県の峠駅は、いずれも日本列島の日本海側と太平洋側を分かつ分水嶺にある。「上下」に山を付けたのが「峠」との指摘で、この2駅を選んだ意味がわかり、それぞれどんな地域なのかにも好奇心がわいてくる。

 なんとも旅情をそそる1冊だ。きっと、紹介された駅全部を探訪してみたくなる読者も多いに違いない。

【「ナゾの“境界駅”探訪 なぜそこで隔てられるのか?」鼠入昌史・著/1980円(イカロス出版)】

寺脇研(てらわき・けん)52年福岡県生まれ。映画評論家、京都芸術大学客員教授。東大法学部卒。75年文部省入省。職業教育課長、広島県教育長、大臣官房審議官などを経て06年退官。「ロマンポルノの時代」「昭和アイドル映画の時代」、共著で「これからの日本、これからの教育」「この国の『公共』はどこへゆく」「教育鼎談 子どもたちの未来のために」など著書多数。

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