永江朗「ベストセラーを読み解く」習近平体制が日本移住を促進!? 逃亡はエレガントな反逆だ!

「潤日」は「ルンリィー」と読む。著者によると最近中国で流行っている言葉で、良い暮らしを求めて中国を脱出する人々を指すという。日本の中世・近世にあった逃散を連想させる。逃散は領主の圧政に反抗して、村ごと山野や他の領地に逃げてしまうことだが、「潤」は習近平体制に対する中国人の抵抗である。

 プロローグに著者が「潤」について抱いた4つの疑問が並んでいる。「いったい何が彼ら彼女らに祖国を去る決心をさせたのか?」「どういう中国人が日本に来ているのか?」「なぜ他ではなく日本なのか?」、そして「日本で日々何を思いながら暮らしているのだろう?」。

 この4つの疑問に答えるために、著者は多くの「潤日中国人」に会って話を聞く。著者は中国・東南アジア専門のジャーナリスト。中国の経済メディアに勤務した経験がある。

 日本に来る中国人は多様だ。超富裕層もいれば貧しい人もいる。「潤」に至る理由や日本を選んだ理由もさまざま。資産保全のために割安な日本の不動産を買う人。安心安全なリタイア生活を求める人。子供に良い教育を受けさせたいと考える人。自由な言論を求めるリベラルな知識人。

 例えば、第2章に登場する44歳の男性。中国東北部出身で23年7月に来日。東京都中央区のタワマンに賃貸で住み、新築マンション購入に向けて準備中だ。皇居近くと高田馬場の2つを申し込んでいて、価格は3億円。「けっこう高いですね?」という著者に「いえいえ、3億円では北京だと何も買えません」と答える。日本は北京と比べても格安なのである。漢字文化圏なので日本語を話せなくても暮らせる。

 だが、日本に「潤」するのはリッチな人々ばかりではない。プロローグにAkidという愛称の中国人女性が登場する。東京に来て日本語学校に通っているが体調を崩し、痩せこけている。日本語学校卒業後の展望もない。そのAkidが亡くなる。

 亡くなったあとが壮絶だ。「日本に行った裏切り者が孤独で非業の死を遂げた、ざまあみろというニュアンスで」SNS上に彼女の死後何カ月にもわたって罵詈雑言が投げつけられた。「潤」する人々に対する、中国の人々の感情––憎悪と羨望––が渦巻く。

「潤」の背景にあるのは、中国の社会状況・経済状況の悪化だ。かつての改革開放から習近平の息苦しい社会に。とりわけコロナ禍に対する徹底的な封じ込めが祖国脱出を加速させた。

 もっとも、彼らが日本に定住するかどうかは、わからない。習近平体制が終わって再び中国が自由化されれば戻っていくかもしれないし、シンガポールなどに再移民するかもしれない。

 アメリカでは、トランプ&マスク政権を嫌って、カナダなどに移住する知識人やクリエイターが増えているし、プーチンのロシアから逃げる人もいる。かつて寺山修司は「身捨つるほどの祖国はありや」と詠んだ。逃亡はエレガントな反逆である。

《「潤日 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う」舛友雄大・著/1980円(東洋経済新報社)》

永江朗(ながえ・あきら):書評家・コラムニスト 58年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。

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