佐藤治彦「儲かるマネー駆け込み寺」会社員の妻だけが恩恵を受ける「年金制度の矛盾」を今こそ正せ!

 岸田首相が国連総会から帰国したあと、5本柱の経済対策を発表した。物価高対策としてガソリン価格や電気代の負担軽減。また、輸入小麦の政府払い下げ価格を抑えた。中でもメディアがいちばん注目したのは、年収の壁対策が盛り込まれたことだ。これは、厚生年金制度のサラリーマンの配偶者(主として妻、以下妻)収入に関することだ。

 これは扶養に入った妻の年収によって、年金や社会保険料を自己負担しなければいけなくなる制度だ。その境界線を「年収の壁」と呼び、妻が働く会社の従業員が101人以上なら106万円、100人以下の会社や業種などでは130万円に壁がある。年収の壁上限に近くなると、もっと働きたいと思っていても控えてしまうことで慢性的な労働力不足が解消されないという理屈だ。

 今や多くの職場が人手不足で困っているのだが、近年は時給も上がってきているため、働いてもらえる時間がますます減っている。

 今回発表された年収の壁対策は、年収の壁が130万円の会社なら、連続2年までは一時的に年収の壁を超えても扶養にとどまれることとし、社会保険料も支払わずに済む。106万円の壁がある会社なら国が1人最大50万円の助成をする、といった具合だ。

 私はこの対策を全面否定はしないけれども、これではこじれてしまっている年金制度の矛盾とひずみを、さらに助長させてしまうにすぎない。

 もともと厚生年金に加入している働き手は、社会保険料の負担は半分だ。残りの半分は雇用主に負担してもらっている。保険料は高額のため、老後にもらえる年金が格段に多いのはもちろんのこと、厚生年金を払う夫がいる妻は自己負担なしで、みずからの老齢年金を受け取れる。さらに夫が老後に亡くなったあとでも、妻は遺族厚生年金として夫の年金の多くを受け継げる。

 一方で自営業者、農業、フリーランス、厚生年金制度に入ってない会社で働く人などは、国民年金(本年度は毎月1万6520円)を全額自己負担で払わなくてはならない。その妻も年収の壁などはなく、所得がなくても国民年金保険料を払わなくてはいけない。しかも自営業者やその妻は、国民年金を40年間払ったとしても、もらえる年金は会社員と比べて低額だ。

 なぜ厚生年金保険制度の会社員の夫を持つ妻は年金保険の自己負担はなく、自営業者や農業の妻は全額自己負担なのだろうか? なぜ、老齢基礎年金しかもらってない農家の妻は、夫の年金を1円も引き継げないのか? 制度自体がひずんでいると思うのだ。

 それでなくても、政府は年金や健康保険制度を保険料だけでは支えきれなくて、消費税などの増税を繰り返してきた。それならばサラリーマンの妻だけが恩恵を受けられる年収の壁など廃止して、すべての国民に応分の負担をしてもらうべきではないだろうか?

 だいたい、自営業者などの国民年金の保険料が一律というのもおかしい。年収1億円の人も100万円の人も同じ保険料で、毎月1万6520円だ。それも社会保険料控除の対象なので実質負担は年収が高いほど安くなる逆進性にもなっている。

 さらに私がガッカリしているのは、閣僚のスキャンダルなどについては大騒ぎするくせに、国民が最も取り組んでほしい年金や健康保険制度の矛盾やひずみ、不公平な年収の壁について、野党から真っ当な対案をまったく聞けないことだ。まともな批判もできないで何が野党だ。

 もう一度言う。岸田首相、自営業者や農家など1300万人以上いる国民年金をみずから毎月払っている人たちの不公平感に切り込んでほしい。政治家は、この異常気象の下で日本の食の安全を必死に守ってくれている農家にもっと感謝していいはずだ。年収の壁もなく必死に国民年金保険料を払っている自営業者にも応分の対策、少なくとも不公平感を取り除いてほしい。

佐藤治彦(さとう・はるひこ)経済評論家。テレビやラジオでコメンテーターとしても活躍中。著書「素人はボロ儲けを狙うのはおやめなさい 安心・安全・確実な投資の教科書」(扶桑社)ほか多数。

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