1974年の日本プロレス界は、アントニオ猪木の実力日本一路線で独走態勢に入った新日本プロレスに対して、全日本プロレスは年末にジャイアント馬場が日本人初のNWA世界ヘビー級王座奪取の偉業を成し遂げて一矢報いたという形で終わった。
明けた75年の両団体の企業戦争も熾烈を極める。1月5日、東京・芝の東京プリンスホテルで初めて東京スポーツ新聞社制定74年度プロレス大賞の授賞式が行われ、年間最優秀選手賞と年間最高試合賞(ストロング小林戦=3月6日、蔵前国技館)を受賞した猪木、最高殊勲選手賞を受賞した馬場が、71年11月7日の札幌中島スポーツセンターでザ・ファンクスに敗れたインターナショナル・タッグ選手権試合以来、3年1カ月ぶりに横に並んだが、両雄ともカメラマンの「握手をお願いします」のリクエストを無視。これが75年度の開戦の合図だった。
猪木は前年暮れに対戦要望書を送るも「NWAのメンバーではない猪木とは戦えない」の拒絶に「馬場さんには戦う意思がまったくないことがはっきりした。〝これからは、どうぞアメリカでおやりください〟と言いたい。もうこれ以上、追いかけることはしない」と、馬場を切り捨てた。
日本選手権開催から路線を変更して、上半期はNWF世界ヘビー級王座をめぐってタイガー・ジェット・シンとの戦いに没頭。3月13日の広島県立体育館でシンがベルトを奪取し、猪木はカナダ・モントリオールまでシンを追いかけて国際的な抗争に発展した。6月26日の蔵前国技館で遂に猪木が王座奪回。敗れたシンが猪木の勝利をたたえた場面は感動的だった。
下半期はシンとの喧嘩ファイトから180度舵を切ってオーソドックスなプロレスを追求。旗揚げ以来のカール・ゴッチとの実力世界一路線を継承するプロレス・ルネッサンスに乗り出した。
その第1弾は10月9日、蔵前国技館における〝不滅の鉄人〟ルー・テーズとの対戦。特別レフェリーとしてアルゼンチン・バックブリーカーの創始者であり、現役中には来日が実現しなかった〝無冠の帝王〟アントニオ・ロッカを招聘するという、まさに古き良き時代のプロレスを復興するようなカードである。
こうした新日本に対して全日本に大きな動きが生まれたのは秋。9月21日に大韓プロレス協会の招待で渡韓していた馬場の宿泊ホテルに大木金太郎が押しかけて対戦を迫ったのだ。
大木は73年4月の日本プロレス崩壊後、全日本に吸収合併されたが、その扱いに不満を募らせて年末には韓国に帰国。74年春に猪木vs小林実現を聞きつけると日本に舞い戻って、猪木vs小林の勝者と馬場に挑戦を宣言した。馬場は黙殺、紆余曲折はあったにせよ、猪木vs大木は同年10月10日に実現して「実力日本一に邁進する猪木、逃げる馬場」というイメージが出来上がった経緯があった。
その後、大木は新日本のシリーズに上がるようになったため、この突然の大木のアクションは新日本の策略かとも思われたが、違った。実は5月の時点でグレート小鹿が大木に接触して「もし、その気があるなら馬場さんに挑戦してみませんか?」と持ちかけていたという。つまり馬場は、取材に同行した報道陣の前で大木が自分に挑戦を迫るというシナリオを描いていたのである。
その一方で、韓国入りする時点では正式回答は来ていなかったのに、いきなりホテルに押しかけて喧嘩腰に迫ってきたため、馬場は大木の真意がわからなかったという説もあり、真相は藪の中だが、いずれにせよ、馬場は「新日本との契約がないのなら、あんたの挑戦を受ける」と回答。帰国後の10月3日、馬場は10月30日の蔵前国技館で大木の挑戦を受けることを正式に発表した。「逃げる馬場」のイメージを払拭したのだ。
10月9日の猪木vsテーズは1万500人を動員。テーズの先制のバックドロップに冷やりとさせられた猪木だが、最後は逆にバックドロップを見舞い、ブロックバスター・ホールドでピンフォール勝ち。プロレス入り当時から憧れていた偉大なレスラー相手にNWF世界王座を防衛した。
その3週間後の10月30日に行われた馬場vs大木は1万2000人を動員。主催者発表のため、猪木vsテーズよりも1500人多いというのは微妙な数字だが、馬場の日本人対決への関心が高かったことは確かだ。
試合は呆気なかった。大木がボディへの頭突きで馬場をかがませて頭部に頭突きを乱打して流血に追い込んだものの、ロープに走ったところで馬場のランニング・ネックブリーカーがカウンターでズバリ! わずか6分49秒で決着がついてしまった。
馬場が猪木vs大木の13分13秒より早い時間で勝負を決めたのは猪木への意地だったのかもしれない。
そして馬場は、この大木戦から年末にかけてさらなる大攻勢を猪木と新日本に仕掛けていく。
小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。