「再度需給逼迫が懸念されるこの冬に向け、原発最大9基の稼働を進め、将来にわたって電力の安定供給が確保されるよう全力で取り組む」
岸田首相が電力需給ひっ迫への対策について、こう強調したのは7月14日の記者会見だった。
予想以上の暑さによって、とりわけ東京電力管内の電力供給が逼迫し節電要請が出されたのは記憶に新しいところ。この夏は何とか乗り切れる目処が立ったものの、さらに電力不足が懸念されるのが冬である。
現在、実際に発電を行っている原発は6基。これを最大9基まで増やしてこの冬を乗り切ろうというわけだ。これで何とかなるかと胸を撫で下ろしたのも束の間、原発を運転する事業者サイドから思わぬ異論が出た。
岸田会見の翌日、電気事業連合会の池辺和弘会長(九州電力社長)は定例記者会見で、「最大9基稼働は織り込んでおり、(たとえ稼働しても)冬の需給が厳しい状況に変わりはない」と岸田発言にくぎを刺した。
織り込み済みとは、どういうことか?
「岸田首相の発言を聞いて、『停止中の原発を9基再稼働させるのか』と思った方も多いかもしれません。しかし、実はすでに10基が再稼働しているのです。このうち4基が定期検査などにより停止中で、岸田首相の言う9基とは定期検査に入る九州電力玄海4号機を除くもの。池辺会長が言うとおりこれら9基はもともと稼働予定のいわば既定路線で、岸田首相の英断で新たに再稼働されるものではありません。この機会に再稼働させる原発を増やしたかった電力事業者サイドとしては、岸田発言は拍子抜けといったところでしょう」(専門誌記者)
ちなみに、再稼働している10基のなかには、テロ対策施設の完成が前提で審査を通過したものもあり(九州電力玄海3号機)、実際に9基が稼働できるかは不透明だ。岸田首相の指示を受けた萩生田光一経産相は、工事や検査期間の見直しなどで9基稼働を確保する方針を示したが、はたしてそれで安全性が担保できるのか不安視する声も聞かれる。
「たしかに工事は原子炉そのものではなく周辺の建屋などですので、稼働させながら工事をしては?という意見も聞かれますが、地震や豪雨といった自然災害が頻発する昨今、拙速だけは避けなければなりません。福島第一の例を挙げるまでもなく、何か起きてからでは取り返しがつかないのが、原子力なのです。そもそも、首尾よくすべて稼働できたとしても、9基すべてが一斉に稼働している期間はごく短くなる可能性が高い」(同)
というのも、現在稼働している四国電力伊方3号機と九州電力川内1号機は来年2月から定期検査のため停止になる予定。9基すべてを同時に稼働できる期間は、1月下旬から2月中旬までだ。
ましてや、稼働が見込まれる原発はすべて西日本で、東京電力管内を含む東日本では再稼働の見込みは立っていない。
「東日本では、新基準に適合した原発が4基ありますが、事故対策などの工事が終わっておらず今のところ再稼働の見通しは立っていません。また東京電力柏崎刈羽6、7号機は不祥事による運転停止命令が解けておらずこちらも当分無理。すなわち、東日本では原発なしの冬を余儀なくされる公算が大きそうです。周波数が異なる東日本と西日本の電力融通の悪さはいまだに改善されませんし‥‥」(同)
ちなみに、岸田首相は火力発電についても新たに10基分の供給力確保を合わせて表明したが、こちらも「サハリン2」の情勢など不確定要素が多く、先行きは不透明と言わざるを得ない。
この冬もまた、国民の節電頼みとなるのだろうか……。
(加賀新一郎)