円安が止まらない。今年春先から徐々に下がり始めた対ドル円は、6月に入りさらに加速して下降し、一時およそ24年ぶりとなる136円台まで下がった。言うまでもなくこれは日米の金利差が拡大したことによる。コロナ回復後の景気回復で歴史的なインフレに入ったアメリカが利上げを繰り返すのに対し、日本はアベノミクスの切り札ともいえる超低金利政策を頑ななまでに続けている。
ご存知のとおり、円安は輸出企業やインバウンド需要が主力の企業にメリットとなる。実際、過去最高益を達成した企業もあるのだが——、
「円高時に多くの輸出企業がサプライチェーンを海外に移したのに加え、石油といった燃料費の高騰でそれほど大きなメリットがないのが、いまの円安です。少なくとも、日本経済全体に与えるインパクトは小さく、庶民が景気回復を実感するに至っていないのが現状です」
と、経済ジャーナリストは語る。たしかに、円安の恩恵より、相次ぐ値上げで生活が苦しくなったと思っている人が多いのが足もとの現実だろう。
そんななか、「家計が値上げを許容」との発言で炎上したのが、黒田東彦日銀総裁だ。代表的なリフレ派としてアベノミクスを達成すための異次元緩和を強気で行ってきた黒田総裁だが、炎上以来、やや旗色が悪い。バッシングが始まるやいなや、すぐに謝罪・撤回をして火消しをはかった。さらに、「日本経済にとってプラス」と言って憚らず間接的ながら誘導してきた円安についても、「急激な円安はマイナス」とトーンダウンしてきている。
「マスコミの切り取り方の問題もありますが、『許容』という表現は自身が認めているように明らかに不適切。この発言のなによりの罪は、これまで日銀に関心がなかった庶民の注目を集めてしまったことです。『いまの苦境は日銀のせいでは?』と気づかせてしまった。関係のない黒田総裁の住まいや年収に関する報道まで出てくる始末です。日銀=政府=与党というのが一般的なイメージですから、いきおい自公への風当たりも強くなる。呼ばれた国会に証人喚問でもないのに躊躇なく出かけて、謝罪・撤回というのは、参院選を控えてナーバスになっている岸田さんからも何かひと言あったのかもしれません。ちなみに、日銀総裁が議事録も残る公式な講演会の発言を後日撤回するというのは、通常では考えられないことです。総裁の発言は市場を大きく動かしますから」(日銀ウォッチャー)
その黒田総裁を解任しようという動きが官邸に見られるという。『NEWSポストセブン』が報じている。もっとも、黒田総裁の任期は来年4月までで、任期途中の解任はむずかしいのではないか、というのが大方の見方だ。現状で頭をすげ替えたところで、政策転換のしようがないからだ。前出・経済ジャーナリストが言う。
「いま緩和政策を転換すれば、景気がますます悪くなるだけです。現状では政府・日銀に打つ手はなく、じっと耐えるしかない。アメリカは来年3月くらいにリセッション(景気下降局面)に入るという予想もあって市場はすでにそれを織り込み済み。つまり、米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)も来年春くらいには緩和に転換するかもしれず、ドル円も円高に反転する可能性が高い。ちょうど黒田総裁退任の時期と重なりますから、本格的な政策転換はそれ以降になるでしょう。ただ、自公で過半数は堅いものの、逆風があまりにも強いと岸田さんが考えたなら、参院選中に何らかのアナウンスをほのめかすことはあるかもしれません」
もしかしたら、防衛省の島田和久事務次官の突然の退任(7月1日付け)もその一環なのかもしれない。島田氏は安倍政権時代に長らく総理秘書官を務めた、積極財政派の防衛官僚だ。今回の人事では続投が見込まれていたが、なぜか突然の退任となった。安倍色の払拭をはかる岸田首相、あるいは財務省の思惑が働いたのは間違いないところだろう。
「今年3月には、岸田さんは任期満了する日銀の審議委員の後任に非リフレ派の高田創氏の起用を決めました。明らかに黒田路線から、もっと言えばアベノミクスからの脱却を意図した人事です。ポスト黒田には、いずれも日銀プロパーの雨宮正佳現副総裁、中曽宏元副総裁の名前が挙がっていますが、現実味は低いものの、タカ派の高田氏という“隠し玉”もなくはないかもしれません」(前出・日銀ウォッチャー)
誰でもいいから早く日本を立て直してくれ——というのが、庶民の正直なところなのだが……。
(加賀新一郎)