待ち合わせ場所だけ教えられていた。夜9時を過ぎた関西某市の公園には、カップルが2〜3組いるだけだった。季節は冬、寒空の下で星を眺めながら時計を気にしていると、急ブレーキをかけ、1台のワゴン車が公園前に止まった。黒塗りのハイエースだ。
そこから大柄の男が3人降りてきて、駆け寄ってくる。
「お前、丸野か?」
あまり流暢ではない日本語で名前を尋ねられ少し動揺したが、どうやら彼らが組織の人間らしい。
「はぁ、そうです。僕が丸野ですが‥‥」
そう答えた瞬間だった。いきなり後ろから羽交い絞めにされ、茶色いコーヒー豆を入れるようなズタ袋を頭から被せられたのだ。首のところでヒモを縛られた。さらには、後ろ手でも縛られる。これがまた痛い。麻のような素材なのか、肉に食い込む感触がたまらなくこたえ、自由を奪われた恐怖に現実感がなくなった。
そのまま車に押し込められると、バンは発車した。
まるで拉致─。生きた心地がしないとはこのことで、右へ左へ、一体どこに向かっているのか皆目見当がつかない。
着いた先では追い立てられるように降ろされた。イスに座らされると、やっとズタ袋を取ってもらえた。
一瞬、久々の光源に目がくらんだが、飛び込んできた光景は、間違いなくチャイニーズマフィアの事務所という佇まいである。
「福」と書かれた布切れが壁にかかり、筆者が苦手な八角の香りがかすかに漂ってくる。
座らされたテーブルの対面には、金無垢のロレックスを光らせた初老の男が座っていた。ボスの名前は劉超夏(仮名)。
「吉田さんにはニセ札の面でお世話になっています。私も日本に来て27年。いろいろと世話してもらってますよ」
「そうなんですか」
流暢な日本語で友好的に話しかけてくれたので、なんとか言葉を返せた。
すぐさま彼は、バレンチノのセカンドバッグから100万円の束を2つ取り出すのだった。
「ニセ札のことが知りたいんでしょ。これ全部、ニセ札ですよ」
驚くべきことに、全てに三菱東京UFJ銀行(当時)の帯がついた代物である。
「これがですか‥‥」
「この本物の札と比べてみてください。まったくわかりませんから」
確かに、ニセモノだと告げられなければ、何の疑いも抱かないだろう。彼の丁寧な物腰ながら自信満々な様子と、いきなり核心の現物を突き付けられたことで武者震いが止まらない。
「中国製のドラマを収録したビデオテープの中に仕込んで、日本に送らせてますよ。中国経由の輸送は厳しいんですが、ドラマや映画など文化系のものであれば、意外に緩いんですよ」
「は、はぁ‥‥」
なるほど、ニセ札の印刷自体は中国で行われているのだ。
(フリーライター・丸野裕行)
*「週刊アサヒ芸能」9月23日号より。(3)につづく