関西「1万円ニセ札工場」にリアル潜入(1)紙幣の偽造で「無期懲役」も

 単なる興味本位ではリスクが高すぎるだろう。それでも筆者は、マフィアの巣窟となっている不気味な現場を目指したのだ。どこへ連れていかれるかも知れず、命の危険も感じた。決死の潜入ルポで見聞きした「1万円ニセ札工場」の全貌に迫る。

 8月上旬、聖徳太子が描かれた旧1万円のニセ札を使用したとして、ベトナム人男女3人が逮捕された。ニセ札事件は、時代を経ても後を絶たない。数年前にも、野口英世の1000円札がヤフーオークションに出品された。中国からの出品だという。マニアにとっては、「製造番号」や「印刷ミス」などによって紙幣には価値が生まれる。しかし、それは未流通の紙幣だったため、多くのマニアの間では「きっとニセ札に違いない」という結論が出された。一方でマスメディアから「おそらく本物の可能性が高い」との反論も出て、物議を醸したものだ。

 言うまでもないが、紙幣の管理は国家の威信を支える、非常に重要な事業のひとつ。様々な特殊加工を施し、製造される紙幣を偽造することは【3年以上、もしくは無期懲役】という厳しい罰則もある。

 コロナ禍とはいえ、日本の「円」の力はいまだ健在。80年代末から90年代後半にかけてスーパーK(100ドル偽造札)が世界中を混乱させたように今、日本の円を巡っても同様の事態に陥ろうとしているのだ。

 筆者は以前、某出版社から「丸野くん、ちょっと行って取材してこい」「そんな取材できる人間は丸野くんくらいだから」と気軽に頼まれて断り切れず、禁断の現場に足を踏み入れた経験がある。ニセ札を造って流通させているチャイニーズマフィアたちが働く工場だ。

 生きて帰ってはきたものの、闇社会のリアルな現実に衝撃を受け、その詳細を記事化することは憚られた。しかし今、その全貌を公開したいと思う。

 工場に辿り着くまでには仲介者がいた。まず紹介を受けたのは、テキヤ稼業から始まり、韓国産のコピー商品を扱って財を成している男だった。高額のネタ付け(仕入れ値)で揃えたスーパーコピー品を胡散臭いブランドショップや夜の嬢などに流していたのだ。

 彼を介して、商売上の恩人だという判子業界で名の知れた吉田(仮名)という老人を紹介された。吉田老人は判子以外にも偽造パスポートや偽造免許証などを高額で裏社会の人間に卸している、いわば偽造品のプロだった。

 筆者が緊張した面持ちで自宅を訪ねると、吉田老人は一心不乱に顕微鏡を覗いている最中だった。

「そこいらにいろんなものが転がってる。全部偽造品だ。適当に見ててくれ」

 見れば、偽造されたパスポートや免許証などがたんまりとある。全てが精巧な作りだ。

 1時間ほど封筒にパスポートを詰める作業をしていた夫人が、こちらに甲斐甲斐しく挨拶をしながら、ズク(10万円)の束を吉田老人に渡した。せっかく来てくれたのだから、外でおいしいものを食べてくれば、という心遣いである。

「なかなか、若い人と食事をする機会がないから、たまには息抜きにいいんですよ。判子なんてもう需要も少なくなる一方だから、ちょっと気分転換にね」

 夫人に見送られ、吉田老人と家を出た。

 頑固者なのか、口数は少ないが、食事中も時々光る強い眼光をしている。やはりこちら側の人間ではない雰囲気が時折、漂ってくるのだった。

 そして偽造のプロは、例の工場に筆者が潜入取材できるよう、中国マフィアに約束を取りつけてくれた。

(フリーライター・丸野裕行)

*「週刊アサヒ芸能」9月23日号より。(2)につづく

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