明智光秀が「本能寺の変」を起こした動機とは?野望説から怨恨説まで徹底解説

 NHK大河ドラマ「麒麟がくる」がいよいよ大団円を迎える。最終回で「本能寺の変」はどのように描かれるのか。その一方で、歴史を紐解けば、明智光秀の謀叛の動機は百花繚乱、諸説咲き乱れている。光秀の単独犯説から、事件の背景に黒幕がいたとするものなど、数多く語られてきた。

 事件直後からの定番である「野望説」は、もともと光秀が天下取りの野望を持っていたという説。本能寺に向かう直前に亀山城に近い愛宕(あたご)権現で「時(土岐)は今あめが下しる(天下を治める)五月哉」と詠んだことがその根拠とされているが、歴史家の河合敦氏は、「よくできた解釈だが、後世の人たちが付け加えたもの」とし、現在では「野望説」をとる歴史家は少ないという。

 一方で、「ノイローゼ説」「不安説」は、十分にありえると、河合氏は語る。

「光秀は4年半かけて丹波を平定するも、その中で体調を崩したり、いつまで戦いが続くのかと悩んだはず。本能寺の変の時、光秀は67歳の可能性が高く、当時は後期高齢者、しかも人生50年時代なので、相当に追い詰められた気分だったはず。また、家老の佐久間信盛や林秀貞が、信長によって突然追放されており、光秀自身もいつ追放されるかという不安があったということは十分考えられる」

 戦国史に詳しい歴史芸人の桐畑トール氏も、

「僕が一押しするのは『怨恨説』ですが、信長が人前で光秀のハゲ頭を叩いたとか、折檻したとか、これらは面白いけれど、信憑性が曖昧なエピソード。しかし、パワハラを受けていたのは事実だったでしょうね。そうした怨恨と将来への不安。そして本能寺の変の直前に愛宕権現でおみくじを何度も引いたりしてノイローゼ気味だったというのは理解できます。僕もかつてギャグがスベリ倒すようになった時には、そんな気分になったことがありますから」

 当時、信長の暴虐さ、傲慢さに我慢できずに、反旗を翻す大名が続出。松永久秀を筆頭に、荒木村重など何人もの武将が信長を裏切っている。最強の敵・武田氏を滅ぼしたあとの信長は、自分が「日本の王」になるという妄言を吐くようになっていた。この信長の暴走を止めようとしたというのが、「信長非道阻止説」だ。

 その延長で、尊王家であった光秀が単独で朝廷を守ろうとしたというのが「朝廷守護説」。一方で、正親町(おおぎまち)天皇への譲位強要など、信長の横暴を危惧して、公家の吉田兼見(かねみ)らが、光秀を引き込んだという「朝廷黒幕説」を唱える人もいる。

「ただ、当時は天皇が譲位して上皇になるというのは普通のことで、信長が譲位を勧めてくれたので喜んだという記録もあり、朝廷黒幕説を否定する人もいる」(河合氏)

 近年、最も有力な説として注目されているのが「四国征伐回避説」。平成26年(2014年)に林原美術館(岡山市)から出てきた「石谷家文書(いしがいけもんじょ)」の中に、四国の長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)が、斎藤利三に出した書簡が発見され、内容は元親が信長から厳しい条件を突きつけられて悩んでいることがわかるというもの。信長と長宗我部氏を仲介していたのが光秀で、信長ははじめの頃には、四国を全部支配する許可を元親に与えていたが、突如前言を撤回。面目丸潰れの光秀は、四国征伐を止めさせるために信長を討ったというのだ。河合氏が分析する。

「ただし、四国説はきっかけとなったかもしれないが、その他の動機が複合して、もう信長についていけないという気分が光秀に生まれたと考えるのが自然です」

 河合氏は最有力な説として「突発説」を推す。

「本能寺の変のあと、光秀は細川藤孝や筒井順慶などに手紙を出して彼らを味方につけようとするものの、失敗。つまり綿密に根回しや計画を立てずに事を起こしたことは明白です。秀吉や柴田勝家ら重臣が地方征伐に出払って、信長の息子の信忠が京都に入るという情報を得た光秀は、信長父子を葬り去ることができるのはこのタイミングしかないと、突発的に謀叛を起こした、と私は考えています」

 このほか、朝廷、幕府、秀吉や家康が裏で関与して、光秀の謀叛をそそのかしたという「黒幕説」が数多く存在する。ただし、いずれも確かな史料がなく、「信長がいなくなることで、誰が得をするのか」という命題で立てられた仮説の域を出ない。

「京都を追われ毛利氏を頼って、福山の鞆ともの浦に逃れ鞆幕府を開いた足利義昭は、全国の大名に信長を弱体化させる命令を出している。旧家臣の光秀と通じていたとする『足利義昭黒幕説』は、数ある黒幕説の中では最も可能性が高い」

 と河合氏は考えるが、一方で桐畑氏は、

「黒幕とまでは言えなくても『信長が厳しいから誰か殺る人いない?』みたいなことで、じゃオレがオレが、と皆が手を上げたところで、最後に光秀が手を上げたら『どうぞ!どうぞ!』って、ダチョウ倶楽部の上島竜兵さん状態になったのかもしれません」

 以下は「本能寺の変」を起こした動機をまとめたものである。各エピソードからそれぞれの“明智像”を思い描いてほしい。

〇「本能寺の変」明智光秀の動機一覧(監修:河合敦)

《光秀原因説》

1.野望説

【1】光秀にもともと天下取りの野望があった(「天正記」ほか)

【2】本能寺に向かう愛宕権現で「時(土岐)は今あめが下しる(天下を治める)五月哉」と詠み、美濃源氏土岐氏の流れをくむ光秀が平氏の信長を討った

信憑性の評価:○

2.突発説

【3】信長がわずかな兵で本能寺に泊まっている状況を好機とみた光秀が、突発的に起こした

信憑性の評価:◎

3.内通露見説

【4】武田勝頼への内通を画策した光秀が、陰謀が露見しそうになって信長を殺した(「甲陽軍鑑」)

信憑性の評価:△

4.ノイローゼ説

【5】精神的な不安などに追い詰められた光秀が、発作的に謀叛を起こした

信憑性の評価:○

5.不安説

【6】信長の苛烈で残忍な性格から、いずれ粛清されてしまうのではと不安を覚えた光秀が謀叛を起こした

信憑性の評価:○

6.怨恨説

【7】安土城を訪問する家康の接待を命じられた光秀が「腐った魚を出した」と信長から激怒され、あげく解任された恨み(「川角太閤記」)

信憑性の評価:○

【8】甲州征伐で武田氏が滅亡したあと、恵林寺を焼こうとする信長を諫めた光秀が信長から打ち据えられた恨み(「絵本太閤記」)

信憑性の評価:△

【9】甲州征伐後、諏訪で祝賀を述べた光秀に、「お前は何の功があったか」と信長が光秀の頭を欄干に打ち付け、人前で恥をかかされた恨み

信憑性の評価:△

【10】庚申の日の儀式で、小用で退出しようとした光秀に怒った信長から槍を突きつけられ「きんかん(ハゲ)頭!」と罵倒された恨み

信憑性の評価:○

【11】光秀が母親を人質にして生け捕りにした八上城主らを信長が殺し、母親が八上城家臣らに磔で殺された恨み
信憑性の評価:×

【12】何かと意見する光秀に怒り、信長が2度、3度と光秀を足蹴にしたことの恨み(ルイス・フロイス「日本史」)
信憑性の評価:○

【13】稲葉一鉄に仕えていた斎藤利三を光秀が部下にする。信長は斎藤利三を稲葉に返すよう命じたが、光秀は拒否して、信長に折檻された恨み

信憑性の評価:△

7.信長非道阻止説

【14】信長の皇位簒奪や暦問題など、信長の悪政・非道を、光秀が阻止しようとした

信憑性の評価:○

8.朝廷守護説

【15】信長が天皇を凌ぐ権威になろうとしていると危惧した光秀が、朝廷に相談することなく、単独で朝廷や天皇を守ろうとした

信憑性の評価:○

9.四国征伐回避説(四国説)

【16】四国の長宗我部元親に対し、信長が攻撃命令を下したため、長宗我部氏との仲介役だった光秀は、四国攻めを回避するために信長を討った

信憑性の評価:◎

《さまざまな黒幕説》

1.朝廷黒幕説

【17】正親町天皇への譲位強要など朝廷を支配下に置こうとする姿勢を見せた信長に危機感を抱いた朝廷が光秀を動かした

信憑性の評価:○

2.羽柴秀吉黒幕説

【18】本能寺の変のあと、結果的に天下人への道を歩むことになって最も得をする秀吉が、光秀をそそのかしたとする推論的なもの

信憑性の評価:△

3.足利義昭黒幕説

【19】京都を追われて備後(広島)鞆の浦に鞆幕府を開いた足利義昭が、かつての家臣の光秀に信長暗殺を命じた

信憑性の評価:◎

4.毛利輝元黒幕説

【20】信長の死によって秀吉から講和を求められ、危機から脱した毛利輝元が黒幕だった

信憑性の評価:△

5.徳川家康黒幕説

【21】信長が家康を殺そうとした噂があったことを根拠に、家康が光秀を裏で操って行わせた

信憑性の評価:△

6.堺商人黒幕説

【22】今井宗久など堺の商人らが、堺の権益を守るため、信長を茶会に招いて、光秀に挙兵させた

信憑性の評価:△

7.フロイス黒幕説

【23】信長が神になろうとしているという話を危険視したルイス・フロイスやイエズス会の宣教師らが、光秀の娘・細川ガラシャなどを通じて光秀に謀叛を起こさせた

信憑性の評価:×

河合敦(かわい・あつし)65年、東京都生まれ。多摩大学客員教授。早稲田大学非常勤講師。歴史家として数多くの著作を刊行。テレビ出演も多数。主な著書:「早わかり日本史」(日本実業出版社)、「大久保利通」(小社)、「繰り返す日本史二千年を貫く五つの法則」(青春新書)など。

桐畑トール(きりはた・とーる)72年、滋賀県生まれ。上京しお笑い芸人に。05年、オフィス北野に移籍し、相方の無法松とお笑いコンビ「ほたるゲンジ」を結成。戦国マニア芸人による戦国ライブなどを行う。「伊集院光とらじおと」(TBSラジオ)のリポーターとしてレギュラー出演中。

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