受刑者の間で歓声が沸き起こったのは昨年4月下旬のことだった。森雅子法相(当時)がコロナの「特別定額給付金」について受刑者も対象にすると発表したからだった。
普段は刑務作業に勤しみ、月に受け取る作業報奨金は2千円弱という受刑者にとって10万円は娑婆の100万円以上の価値観があるという。関東の某刑務所に服役していたというAさんは語る。
「刑務所でも金があるのとないのとでは雲泥の差。金がなければ肌着はおろか石鹸ひとつも買うことができない。一文無しは意外と多く、そうした連中は、金満受刑者が艶系のグラビア誌を読みふけるのをただ眺めるのみ。しかし、10万円が手に入れば、冊数制限はあるものの、自分で堂々と買えるようになりますからね」
そんな中で受刑者への支給が決定した給付金は、地獄に垂らされた蜘蛛の糸。皆「コロナバブル到来」と呼んで喜んだという。
「受刑者が一斉に出身地の役所へ問い合わせの手紙を出したので、刑務所内の書簡部門の処理が追いつかず、パニック状態になりました」(Aさん)
そこで刑務所では受刑者たちにも受給方法が理解できるように給付金の受給マニュアルを作成した。ほとんどの者が手紙を出しさえすればすぐに金が届くものと勘違いし、そう簡単にもらえないことがわかると、役所にクレームの手紙を出す者が続出。役所が対応に困り果てて、刑務所に善処を求めた結果だと思われる。
「マニュアル通りに手順を踏んだ受刑者たちは、早い者は2週間で役所から金を受け取っていました。すぐに受け取ることができたのは、入って間もない受刑者たでした。収監されて日が浅いため、シャバにいた頃の住所に住民票が残っていたため。だから現在は刑務所にいると通達するだけで、申込み用紙が送られてきて、記入すればすぐに現金書留で現金が送られてきたんです」(Aさん)
親元に住民票を置いている者や妻帯者もスムーズに給付金を受け取ることができたという。親や妻が代理人として申請してくれたからだった。
「ただ、そんな中にも、親や妻が金を受け取り、自分の元には1万円とか5千円しか送られてこないケースもあった。『勝手に使いやがって』と怒り狂う受刑者もいましたが、本人も家族に迷惑をかけているのをわかっているのでしょう。『まあ仕方ないか』と納得していましたね」
シャバに身寄りがいない受刑者のなかには受給できない者もいた。自治体によって異なるが、給付金申請の締め切りに間に合わなかったためだ。
「5年、6年という長期受刑者のなかには、住民票が消除されてしまっている者がいたんです。通常、5年経つと『不現住者』として住民票が消除されることになっていますが、実際は2年も経たないうちに住民票を消されている人がいました。給付金の受給資格は2020年4月27日時点で住民基本台帳に記録されている者。記録から消された人たちは刑務所のある自治体に住民票を移さなければならないため、転出届や住民票の登録など、手続きが多くなる。ただでさえ役所とのやりとりは時間が掛かりますからね。電話1本で済む話でも、刑務所だと、かなりの日数を要し、締め切りに間に合わなかったというわけです」(Aさん)
こうした事情もあって、Aさんがいた刑務所では9割の受刑者が10万円を受け取ることができたという。重い罪をおかした長期受刑者が受け取れなかったのは皮肉としか言いようがない。
(月見文哉)