昨年、令和2年度の補正予算で12兆8802億円を計上して国民1人あたり10万円を支給した「特別定額給付金」。政府は施策の目的として《人と人との接触を最大限削減》《人々が連帯して一致団結し、見えざる敵との闘いという国難を克服》を掲げてひっ迫する家計への支援を行った。
この恩恵にあずかったのは“塀の中”の住民も同様だった。昨年暮れに某刑務所を出所した元受刑者のAさんが振り返る。
「最初は刑務所にいる受刑者は対象外になるのではないかと見られていたのですが、当時の法務大臣が4月に対象の範囲であることを発表。刑務所ではパニック状態となり、受刑者向けに申請方法をわかりやすくまとめた受給マニュアルを配布するなど対応に追われていましたね」
長期受刑者の中には住民票の所在があいまいな者も多く、自治体との書面のやりとりをしているうちに申請期限が過ぎて受給できなかったケースが相次いだという。
「筆不精が多くて、途中で放り出した受刑者もいましたね。それでも9割の受刑者は受け取っていましたんじゃないですか?」(Aさん)
それまで貧乏暮らしだった者が一気に金を持つとろくなことがないとはよく言われることだが、まさにそれを地で行く者が続出した。刑務官は「金はあるていどは娑婆に持って帰った方がいいぞ」と指導していたが、聞く耳を持つ者はほとんどいなかったという。
「日用品は月に一度、雑誌は月に一回3冊、単行本は月に6冊買えます。今まで買う者は50人の工場で5人程度でしたが、一気に30人近くが購入するようになった。アイドルや艶系女優の写真集や、刑務所でなぜか売ってる高級石鹸を買う者が続出。刑務所の売店もここぞとばかり、デオドラントのボディシートや肌のケアクリーム、厚手のインナーなど新商品をラインアップし始めたんです。買い物はストレス解消にもなるので、皆バンバン買っていました。薬物犯罪で服役していた人は、風邪薬や頭痛薬を限度いっぱいまで購入していました。大量に飲めば、違法薬物と同じ効果が得られると思っていたようですが…」(Aさん)
バブルが弾けるのは早かった。これといった娯楽がない刑務所で、10万円の給付金を半年で使い切る者もいた。領置してある給付金は残り僅かという受刑者も少なくないのではないだろうか。
「私が昨年に出所した頃、刑務所の話題は2回目の給付金。そんな噂話をもとに、取らぬたぬきの皮算用で『今度は何を買おうか』なんて“夢”を語り合っていました」(Aさん)
無駄遣いを戒めていた刑務官の言葉は届かなかったのかもしれない。
(月見文哉)