疾病退散の妖怪「アマビエ」商標登録で問われる企業の倫理観

 長い髪にひし形の目、鳥のようなくちばしを持つ半人半魚の妖怪アマビエ。「病気が流行したら、自分の姿を書き写して人々に見せなさい」と告げたとするエピソードから、コロナ禍には、その疾病退散のご利益に注目が集まった。厚労省が配信する「接触確認アプリ」でも、起動画面に登場することで知られている。

 5月には大分県が、コロナ終息を祈願するアマビエと県内温泉のコラボ動画を発表して話題を呼ぶ。そんななか、6月中に大手企業が100以上の広範囲の事業に関して「アマビエ」の商標登録の申請をしていることが明らかとなった。これに対してネット上では「アマビエの権利を独占したいってこと?」など、非難の声が上がった。7月6日、同社は商標登録の出願を取り下げ、「独占的かつ排他的な使用は全く想定しておりませんでした」と釈明した。

 確かに日本人の文化的財産とも思われる妖怪の名称の商標権利を、企業や個人が持つというのは感覚的にも違和感がある。商業上の権利関係に詳しい弁護士に話を聞いた。

「妖怪の商標登録が認められるというのは、確かに違和感がありますが、前例としては存在します。例えば一反もめん、砂かけ婆、子泣き爺、ぬりかべなどは日本各地に伝わる妖怪ですが、これらは漫画家水木しげる先生の版権を管理する水木プロダクションが商標登録をとっています。他のクリエーターが『商標フリーでないので、作品内でその妖怪を使うのを諦めた』というような話は幾つもあります。ただ、それらの妖怪をキャラクターとして世に広めたのは水木しげる先生、という共通認識がありますから、大きな批判は上がっていません」

 なお、アマビエの商標登録については、前述の広告会社に限らず、神社やクリーニング会社、酒造メーカーなどがアマビエ関連の商品やキャンペーンを実施するために、すでに申請している。それらは「お守り」やアマビエの名を関した高濃度アルコールを販売するための、いわば限定的な使用が目的だった。

「実はアマビエを世に広めたのも水木しげる先生。1984年発行の『水木しげるの続・妖怪事典』で描かれたもので、作画の際に図柄の参考としたのは京都大学付属図書館が所蔵する江戸時代後期の瓦版です。今回、アマビエの商業登録を申請したのが、水木プロもしくは京都大学であったなら、これほどの批判は出なかったでしょう。古来より伝わる名詞ですと、例えば『日本書記』に記された天照大神を連想させる天照などは、航空宇宙産業の技術集合体の名称をはじめ、数十件の商標登録がなされています。世間で批判の声が上がるかどうかは、その商標の所有に説得力があるかどうかにかかっています」(前出・弁護士)

 神社や酒屋、はたまた洋品店でも…。年内には街にアマビエグッズがあふれるかもしれない。

(オフィスキング)

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