不可解なことに政府と感染研は、国内で患者が出始めた1月末になっても、イタリアのようにWHO推奨の検査キットを「買わない」、あるいは韓国のように民間企業に検査キットを「作らせない」、そして医師からの検査依頼は「引き受けない」という「検査潰し」をしてきた。結果、「大阪ライブハウスのクラスター」が猛威をふるうまで軽症患者のビッグデータが存在せず、臨時休校や在宅ワークをいつまで続ければよいか見通しが立たないのだ。
2月中旬になってようやく、スイスの製薬会社から検査薬を購入すると表明したが、遅きに失した感は否めない。
これは一体どういうことなのか。政府の「検査潰し」には、国民にひた隠す3つの思惑が渦巻いている。
まず、今行われている検査について説明しよう。新型コロナウイルスには、インフルエンザウイルスのような簡易検査キットはまだ作られていない。未知のウイルスゆえ、試薬を作るにも時間がかかるからだ。よって患者の鼻水や喉の粘膜を取った検体にコロナウイルスの遺伝子があるかどうかで陽性、陰性の診断をつけていく。この遺伝子検査のひとつがPCR検査だ。
「安い、早い、高精度」。まるで牛丼のキャッチコピーのような画期的な検査方法を生み出せば世界中に販路を拡大できるため、各社の技術競争は熾烈を極めている。だがここまで感染が拡大した場合は、同じ検査法を使うのが原則。検査方法にばらつきがあれば、診察や治療に影響が出るからだ。
上理事長らがメディアで問うていたのは「国立感染症研究所は新型肺炎のビッグデータという既得権益を優先するより、国民の命を守ることを最優先にした検査体制に転換すべきフェーズにきているのでは」という問題提起であった。3月6日にようやく新型肺炎が保険適用となり、民間検査会社でも感染研のマニュアルに沿った検査が可能になった。これで必要な人に検査が行われるようになるか、経過を見守るしかない。
ここで我々が直面するのが第2の理由、それが検査施設の不足だ。
民間検査会社でも新型肺炎の検査ができるようになったのは朗報だが、厳密に言えば、日本で新型コロナウイルスを扱える施設は感染研を含めて全国に12施設しかない。新型コロナウイルスはBSL-3レベルの研究施設で取り扱うのが望ましいとされている。BSL-3とは4段階ある安全管理レベルのうち、エボラ出血熱などのレベル4を扱う最高水準の施設に次ぐ施設だ。「バイオハザード」の表記が掲げられ、外に汚染した空気が絶対に出ない設備が必要。事前に届け出を行ったスタッフしか入室を許されず、入退室の前にエアシャワーを浴び、室内では防護服の着用が義務付けられる。
安倍内閣は口が裂けても「施設不足」を国民に説明できない。日本国内にはレベル3、レベル4の研究施設が絶対的に不足しており、専門家は「この状態では生物兵器テロやエボラ出血熱などのパンデミックに対応できない」と再三指摘していた。ところが専門家の進言を一蹴し、17年に強引に新設したのが無用の長物「加計学園」獣医学部の新設。この横ヤリで獣医学部新設が頓挫した京都産業大学では、新型鳥インフルエンザウイルスに対応できるBSL-3施設が稼働している。加計学園でなく京都産業大学に予算とマンパワーを投じていれば、今回の新型肺炎でも助かった命があるかもしれない。
那須優子(医療ジャーナリスト)