ロシアのモスクワ郊外にあるコンサートホール「クロッカス・シティ・ホール」で銃乱射事件が起こったのは3月22日夜のこと。銃乱射事件後、イスラム国(IS)が犯行声明を出し、翌日、内務省は実行犯とされるタジキスタン国籍の4人を含めた11人を拘束した。しかし、24日にモスクワの裁判所に姿を見せた容疑者たちは、いずれも目の周りにはアザがあり顔も腫れ上がった状態で、その様子は明らかに拷問があったことを窺わせるものだった。
全国紙国際部記者が説明する。
「容疑者逮捕後からSNS上には、何者かにより彼らを拷問する様子がアップされたのですが、ハンマーで殴る蹴るに加え、身体に電気ショック装置つけて押し倒され、さらにはナイフで耳を切り取られる等々、とても直視できない映像も多く、当然この拷問映像がIS側を刺激したことは言うまでない。早速ISの分派であるイスラム国ホラサン州がSNSを通じ『気を付けよ。我々が投獄された兄弟のために復讐できないと考えない方が良い。近く神の意志があるだろう。プーチンを含むすべてのロシア人、子どもと女性はともに虐殺されるだろう』としていましたから、不吉な予感はしていたのですが…」
そんな報復予告から3カ月。ついに事件は起こってしまった。23日、ロシア南部ダゲスタン共和国の首都マハチカラと、デルベントにあるユダヤ教の礼拝所やロシア正教の教会などが武装グループの襲撃を受け、20人が死亡。この組織的襲撃事件について同日、前回同様イスラム国ホラサン州が「コーカサスの兄弟たちは自分たちが強く能力があることを知らしめた」との声明を発表。事件を起こしたことをほのめかしたのである。
「ロシア調査委員会によれば、このテロ事件による死亡者は、警察官15人とロシア正教会の神父を含む民間人5人の計20人。銃撃犯6人はその場で射殺され、すでに身元も確認されていると伝えています」(同)
ただ、当局は現時点で銃撃犯の身元やテロ組織の名称を公開しておらず、「銃撃犯はある国際テロ組織の支持者」とだけ説明している。これはいったい何を意味しているのだろうか。
「実は前回のモスクワでの銃乱射事件の際も、プーチン大統領は事前にテロ情報を掴んでいながら、まったく策を講じられなかった。そのためISには触れず、あくまで『犯行の裏にはウクライナの指示があった』との主張を繰り返していた。しかしISは仲間へ拷問を加えたことに対し報復する、と公に声明を出していたわけで、結果、また乱射事件が繰り返されてしまった。ただでさえモスクワの事件がトラウマになっている市民のショックははかり知れず、それが政権批判に向かうことは必至。仮に、このままISが国内でテロ活動をし続けるようなことになれば、治安を維持できないプーチン氏の支持率低下は免れず、ウクライナ戦争どころの話ではなくなる。逆にISとしては、自国の治安維持に目配りができないプーチン政権にダメージを与えるには、またとないチャンス。そう考えると、ロシア内におけるテロ活動が激化する可能性は否定できません」(同)
しかし、血で血を洗う報復で失われるものが、結局は民間人の命であるということを忘れてはならない。
(灯倫太郎)