大西洋と太平洋を結ぶパナマ運河、インド洋と地中海を結ぶスエズ運河、バルト海と北海を結ぶキール運河は「世界三大運河」と呼ばれ、海上輸送の要所として知られている。実は、そう遠くない将来、これが四大運河になる可能性があることを知っているだろうか。
新運河の建設構想があるのはタイ南部。つまり、マレー半島を横断する形でインド洋と南シナ海を結ぶ壮大な計画だ。
運河構想自体は今に始まった話ではない。古くは17世紀後半、タイ・アユタヤ朝のナライ王が着想するも技術面の問題で断念。1973年にはタイと日米仏4カ国の共同事業案が出たものの、核爆発を利用した開削だったことから反対の声が多く中止となっている。
ところが、2000年代に入ると中国が支援する形で計画が再び動き出す。100㎞超の大運河を造るというものでルートもほぼ決まっているが総事業費はなんと5000兆円。タイ政府が捻出するのは困難だが、中国が多額の費用を出資すれば影響力が増すことは避けられない。
「近年、中国は東南アジアに積極的な経済支援を行い、南シナ海には人工島を造成して軍事拠点とするなど実効支配を強めています。そんな中国にとってマレー半島横断運河は、自国が掲げる一帯一路構想をより強固なものとするために不可欠なのです」(大手紙元バンコク支局記者)
ただし、建設が正式決定しているわけではない。政財界のエリート層に中国にルーツを持つ華人が多いタイでも、同国の影響力がこれ以上強まるのを避けたいとの世論がある。また、中国海軍が運河を通ってインド洋に進出すれば、国境地帯で衝突を繰り返す中印の新たな火種となりかねない。
さらにマレー系のイスラム教徒が多く住むタイ最南部は過激派武装組織によるテロが頻発しており、治安悪化が懸念されている。巨額の建設費用のほかにもネックがあり、慎重論は少なくないのだ。
「そのため、タイ南部のマレー半島西岸・東岸に大規模な港を整備し、両地点を鉄道と高速道路、パイプラインで結ぶ『ランドブリッジ構想』を進め、こちらは30年代前半には完成する見込みです。運河ほどの処理能力はないですが、マラッカ海峡を通るよりも早く貨物を運べるうえ総工費は約4兆円と大幅に安く、中国はこちらにも支援の意向を示しています」(同)
マレー半島の新たな貿易路建設をめぐる中国の動向に注意を払いたい。