長嶋茂雄×野村克也「実録ライバル史」(12)初のキャッチボール相手はのちのジャイアント馬場

 翌年の2月15日、長嶋は東京駅旧東海道線の15番ホームに立った。夜行列車である。立大の野球部員とともに、南海入りを決めていた杉浦が激励した。キャンプ地・明石までは12時間の長旅だ。

 到着した当日、巨人は練習休みだった。スーツケース1つ片手に、人波にもまれて5分で着く宿舎に40分もかかった。会見では朝食をとりながら「これからは職業人として新たな気持ち、プロ野球人として心機一転してスタートしたい」と抱負を語った。

 翌17日、巨人ナインを前に「よろしくお願いします」と新人としての挨拶をした。明石公園球場には長嶋を一目見ようと3000人のファンが詰めかけた。女性ファンも多い。普段は800から1000人である。球場脇には露店が何軒も出現した。

 準備体操から軽い練習、ランニング、そして準備体操へと戻る。初めてキャッチボールの相手をしたのが2メートル9センチの馬場正平、のちのジャイアント馬場だった。長嶋がスパイクを履いて、その上から馬場のスパイクを履いてもブカブカだったという。

 22日の紅白戦に出場して、6回に大友工からプロ入り初安打となる二塁打を記録する。守備では名手の広岡達朗と三遊間のコンビを組むことになる。

「長嶋一色」だった明石キャンプを28日に打ち上げると、翌3月1日は高知市営球場で本屋敷が入団した阪急とのオープン戦。長嶋は8回無死満塁で打席に入ると、梶本隆夫から左へ一時は逆転となる2点適時打を放った。対外試合で、プロ初安打初打点だ。

 翌2日、高知で同じく阪急戦。9回に先頭打者として打席に入り、森口哲夫からプロ初本塁打を左翼席に運んだ。

 そして9日、大阪球場での南海戦。3万3000人の大入り。かつての僚友・杉浦との初対決だ。第1打席は外角の球に手を出して中飛、第2打席は内角球を中前に運んだ。対決は2打席で終わった。

 だが、長嶋はこれで終わらない。延長10回、皆川睦雄から左翼へ120メートルの特大弾を叩き込む。早くも第3号である。

 野村はこの対戦で初めて長嶋と接点を持った。そのスイングの速さに「驚いた」という。

 右打者との初対決で効果があるのは、外角のストライクからボールになる変化球を投げることだ。反応を探ることができる。

 ダメな打者は手を出す。並みの打者は振りにいく。長嶋は黙って見逃した。スイングのスピードが速いから、ギリギリまで引き付けて見極める。レベルが違っていた。見逃したと思った瞬間、突然目の前にバットが現れる。さらに言えば、苦手なコースがなかった。

 長嶋はオープン戦19試合で打率2割7分、12球団最多の7本塁打をマークし、前評判通りの好成績を収めた。その人気で後楽園の株価まで上がっていた。自信の塊で4月5日、国鉄(現ヤクルト)との開幕戦に臨む。

(敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた/スポーツライター)スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

*週刊アサヒ芸能12月8日号掲載

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