入門マニュアル「シニア再就職のリアル」〈ポスティング〉(2)石原都政で配布できなくなったチラシ

 ぼちぼち酔いが回ってきたのか、顔を真っ赤にして自分語りが始まった。

「このキャリアは専門学生時代にスタートした。長年の夢だったアメリカ留学のため、100万円貯められるバイトを探してたんだ。当時はバブル末期。バイト先には困らなかったけど、どうも人間と相対する仕事が苦手でね。ドン臭すぎて、カフェや牛丼屋は2週間と続けられなかった。そんな窮状を見かねた学校の先輩から紹介されたのが、ポスティングだったんだよ」

 そこは大手新聞社の子会社だった。新聞の新規契約を促すハガキを都内で配布したという。

「かさばらないだけに配るのは楽だった。でも、配布地域が青梅や八王子のような都心から離れた場所ばっかりで移動時間が長い。しかも単価が安いから、頑張っても日当5000~6000円が限界だった」

 このままでは、目標の金額を貯めようにも、時間がかかってしょうがない。高給を求め、グレーゾーンに足を踏み入れるのに時間はかからなかった。

「1カ月経たないうちに辞めて、ピンクチラシ専門の会社に移籍したんだ。反社勢力のフロント企業で、闇ビデオやテレクラのチラシを配りまくった。1日あたり最低2000枚のノルマはあったけど、日当が1万円を下回ることはなかった。稼げる人間は1日2〜3万円稼いでいたからな」

 結果、3カ月弱で目標達成。待ち望んだ米国暮らしを満喫したのだが、それも束の間、わずか1カ月半で帰国を余儀なくされることになったそうだ。

「不幸なことに、両親が交通事故に遭っちゃって、家族を養わなきゃならなくなったんだ。すぐさま古巣に復帰して、そこから10年近くピンクチラシを配る生活を続けたっけな。その頃がピークで、月30万円になることもあったよ。それが02年、当時の石原慎太郎都知事が提案した『迷惑防止条例改正案』が通っちゃって、ピンクチラシの配布が禁止になったんだ。収入は激減。いわゆる真っ当なチラシしか配れなくなったからね」

 収入源を確保するために辿り着いたのが、「インセンティブ付き」という聞こえのいい求人募集である。

「新築マンションのチラシには、成果報酬が付くケースが多い。俺の働いた会社では、問い合わせの電話1件で5000円、成約まで繋がると10万円の追加報酬を貰えるんだ。この水準は今でも変化ないよ」

 ただし、うまい話には裏があるようで‥‥。

「当たり前だが、俺たちの仕事はチラシを配って終わりだ。広告主の不動産会社がテレアポしようが、部屋を売ろうが、一連の結果を確認することはできないよな。たまに配布員の士気を上げるため5000円の成功報酬が出ても、10万円貰ったなんて話は聞いたことがない。しかも不動産関係のチラシは、地域ごとに枚数制限がかけられるのがザラ。1000〜1500枚に抑えられるから、よくて1日8000円弱を稼ぐのが精いっぱいなんだよ」

 1枚当たりの単価は上がるのだが、だからといって単純に濡れ手で粟とならないのが悩ましい。

*入門マニュアル「シニア再就職のリアル」(3)に続く

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