現在、レバノン国内で逃亡生活を送るゴーン被告だが、その威光は我々の想像をはるかに超える。レバノン国民は約600万人に対し、長年の内戦で祖国を脱出したディアスポラ(迫害された国外移民)は1400万人。その中でも頂点にいる成功者として尊敬されるばかりか、政財界でも強い影響力を持っている。17年にはゴーン被告の顔が印刷された切手が発行され、いずれはレバノン政界に進出し、大統領になると期待されるほど。この先、爆弾手記が発売されたら、同情論を集めてますます人気が高まりそうだが、必ずしもレバノンは安住の地ではなかった。軍事ジャーナリストはこう説明する。
「逃亡先のレバノンは75年から90年まで内戦が続き、82年に大統領が暗殺され、05年には元首相が爆破テロの被害にあった。96年と06年にはイスラエルの爆撃も受けていて、今でも深い傷跡を残し、政情不安定な状況が続いています」
昨年10月には、スマホの対話型アプリ「ワッツアップ」など無料通話への課税方針を政府が提案したことで、大規模な反政府デモに発展。2週間近く続き、事態を収束させるためサード・ハリリ首相(49)が辞任を表明した。が、それでも反政府デモは鎮静化するどころか、道路は封鎖され、銀行は営業停止にまで追い込まれている。
「35歳未満の失業率は約40%と言われ、腐敗している政治家や富裕層に対して、批判の声は高まるばかり。そんな状況下で、レバノン国内では、イスラム教シーア派の信徒が母体となっている政党『ヒズボラ』の影響力が増しています」(軍事ジャーナリスト)
ヒズボラといえば、イランが支援する武装組織だったが、ことレバノン国内では、政党としてその存在感を増すばかり。既存のシーア派のみならず、イスラム教スンニ派にも支持を広げている。その一方で、シリアの反政府勢力などと激しい戦闘を繰り広げてきた民兵組織としての一面もあるのだ。すでにアメリカからはテロ組織に指定され、昨年12月29日にはヒズボラのイラクとシリアの拠点5カ所を空爆され、大国とも緊張状態にある。その組織がレバノン国内でキリスト教マロン派との対立を深めれば、火の粉が有力者であるゴーン被告にまで降りかかる可能性もあるというのだ。
「富裕層が多いマロン派は仕事にあぶれた貧困層にとっては憎むべき存在。中でもゴーンは莫大な富を手にした象徴であるだけに、イスラム過激派のターゲットとして狙われてもおかしくないのです」(軍事ジャーナリスト)
身の危険を感じているのか、レバノンでも厳重警備を敷いて守られているようだが‥‥。
「キャロル夫人がアメリカ国籍を持っていることも、イスラム過激派にとっては許しがたい。とはいえ、東京地検特捜部から逮捕状がキャロル夫人に出たことで、夫婦そろってレバノン国外を出るのも難しい」(軍事ジャーナリスト)
追い詰められるゴーン夫妻だが、包囲網はこれだけではなかった。