10月28日に中国のメディアが「(中国人民銀行が)世界で初めてデジタル通貨を発行する中央銀行になる」と政府系シンクタンクのトップが発言したと報じたことで、これまでは「近い将来」と見られていた「デジタル人民元」が近々にも発行されるのではとの見方が強まっている。
事実、24日には習近平国家主席が国を挙げてブロックチェーンの技術開発を推進すると表明し、27日には全国人民代表会議で、デジタル人民元発行に向けた法準備とも見られる、暗号資産(仮想通貨)に関する新法が可決されたと報じられている。いよいよ待ったなしの段階に近づいたのではないかというのだ。となれば、アメリカと中国の覇権争いが、ついに仮想通貨におけるマネーの世界の覇権争いにまで及ぶことになる。
「国際通貨は周知のとおり米ドルが覇権を握っているわけですが、デジタル人民元の発行は、国際通貨の覇権を目指すだけでなく、将来的には基軸通貨の座まで奪おうというもの。中国は世界を支配するビッグブラザーになる可能性があります」(経済ジャーナリスト)
デジタル人民元がどんな力を持ちうるかについては、導入で先を争っていたFacebookが中心となって導入を進めていた「リブラ」と比較してみれば分かりやすい。今年6月に構想されたリブラは、米公聴会などで反対論が相次ぎ、ザッカーバーグCEOが23日に、当初目指していた2020年の導入を見送ったばかり。そのリブラ・プロジェクトの責任者のデビット・マーカスは、ブルームバーグのインタビューに答えてデジタル人民元の出現についてこう語っている。
「(アメリカ政府は)全世界をアメリカの制裁から完全にブロックしてアメリカの制裁から保護する、新たなデジタル基準通貨が出現するリスク」にさらされている……「5年以内の未来には、我々が良い解決策を見つけられなければ、基本的に中国が『彼らがコントロールするブロックチェーン上で稼働するデジタル人民元によって』世界の大部分を再配線する」
具体的にはどんな狙いがあるのか。前出のジャーナリストはこう語る。
「一つは、送金の即時性と送金手数料の削減です。利便性で先んじようというわけです。そして国際基軸通貨になることで、ドルの支配体制を終わらせる。基軸通貨になれば、中国が目指す『一帯一路』体制がより強まります。それからブロックチェーン技術でアメリカ以下のあらゆる国から優位に立てる。そうしてデジタル人民元があまねく流通することで、中国国内で実現している信用スコアリングがより広い世界でも行えるようになり、あらゆる人と金の流れが監視可能となります」
世界中の取引で使われる通貨の4割以上は米ドルで、人民元はわずか2%にとどまっているのが現状だ。だが、基軸通貨というスタンダードを握ればその転覆はいともたやすい。
「中国が積極支援するアフリカ諸国はもちろん歓迎でしょう。また、アメリカがファーウェイを危険視する一方、欧州の先進国は中国の5Gに対して全く寛容。利便性さえ高まれば浸透するでしょう。となれば、アメリカが逆に孤立しかねません」(同前)
リブラは安定性、マネーロンダリングへの悪用、各国の中央銀行が行う金融政策への悪影響などが懸念され、問題視される。また、中国の信用スコアリングにつながるような危険性はもちろん受け入れられない。その間隙を縫う形で、人民元がデジタルの姿をまとってマネーの世界に浸透しようとしているのだ。
(猫間滋)