前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~なぜ外務官僚は“1対1”の闘いに弱いのか~

「1対1の闘いに弱い」

 長らく日本サッカーについて言われてきた問題だ。しかし、侍たちは進化した。久保建英は巧みにフェイントをかけて相手を見事に抜くし、三笘薫の高速ドリブルはプレミアリーグでもなかなか止められない。

 サッカーだけではない。スピード、敏捷性と技術で大リーグでも金字塔を打ち立てたイチロー。大谷翔平のパワーは、力自慢の大リーガーの中でも異次元だ。今永昇太のストレートに猛者たちのバットは空を切る。

 ゴルフ、テニス、バレーボール、バスケット、ラグビーでも、世界を舞台に日本人選手が顕著な活躍をしている。しかし、外交官については、海外でスピーチをするたび、さらにはテレビの討論番組に出るたびに、在留邦人からしばしば指摘が寄せられる。

「あの人、本当に外交官?」

 なぜか?ひとつは、日本の教育制度の問題がある。スピーチや討論(ディべート)に力点を置かないどころか、まず訓練さえ施されない。初等・中等教育どころか、高等教育に至っても、教師から生徒への一方通行の授業がほとんどだ。人前での口頭プレゼンテーション(発表)を磨く機会は、ほぼ皆無。教える側にその経験も才覚もない。

 私自身、中央大学法学部や東京大学公共政策大学院で非常勤講師を務めたが、シャイなあまり、授業中の質問でさえ人前で提起することを躊躇し、終了後に私をつかまえて尋ねる学生が少なからずいた。

 そんな教育環境で育ってきた身には、米国コロンビア大学大学院での留学経験は新鮮だった。学生が次々に手を挙げて質問するのは常態。生半可な知識で勿体ぶってプレゼンする学生にも事欠かなかった。沈黙を維持する場合、愚か者扱いを覚悟しなければならない。だから、下手な英語を駆使しつつ、必死になって質問をする、意見を言う習慣が身についた。

 であれば、国民の税金で入省後まもなく在外研修(留学)をさせてもらい、その後何度も海外勤務を重ねる外務官僚がスピーチやディベートに長じてくるのは当たり前でないのか?多くの納税者はそう思うだろうし、そう期待してしかるべきだろう。

 だが、実態はそうなっていない。なぜか?外に出るのを避け、内に籠ってばかりいるからだ。ここでいう「外」には海外勤務と言う意味と、大使館の外という2つの意味がある。

 霞が関、永田町という直径2キロくらいの世界の中での遊泳術に長けた人間が幹部に出世し、在外に行くのはそれに敗れた人間とのステレオタイプが定着してきた。そうなると、上昇志向の塊のような人間は在外勤務を忌避し、東京にしがみつく。次官になるような人間が大使どころか、大使館の次席(ナンバー2)ポストを一つとして勤めずに退官していく事例が増えている。

 加えて、在外公館に勤務したところで、オフィスに籠りきりになり、任国の政府関係者との意見交換、メディア・インタビュー、シンクタンクでの討論に精を出す者が激減している。

 これでは、スピーチやディベートの腕が上がるわけがなかろう。

 要は、世界を相手に勝負する。これに限る。同世代のスポーツ選手にできることが、なぜ外務官僚にできないのか?職務怠慢であり、税金泥棒である。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、00年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年オーストラリア日本国特命全権大使に就任。23年末に退官。TMI総合法律事務所特別顧問や笹川平和財団上席フェロー、外交評論活動で活躍中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)がある。

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