小池百合子都知事(71)の「1強」と思われた東京都知事選の様相が激変した。「2位じゃダメなんですか?」でお馴染みの立憲民主党の蓮舫参院議員(56)が首領の座を奪いに出馬を表明。7年前の怨讐を晴らすべく、満を持して遺恨第2ラウンドに臨む。
「自民党政治の延命に手を貸す小池都政をリセットしてほしい。その先頭に立つのが私の使命です」
5月27日の記者会見。蓮舫氏は厳しい口調で小池批判を展開し、無所属での立候補を表明した。
電光石火の奇襲攻撃に苦々しい表情を浮かべた「敵陣営」の慌てぶりを政治部記者がこう明かす。
「小池氏が特別顧問を務める都民ファーストの会の関係者は『寝耳に水だった‥‥』と漏らしていました。小池氏との共闘を目論んで、独自の候補者の擁立を見送る方向で調整している自民党都連会長の萩生田光一前政調会長(60)も、『出ないと聞いていたのに、どうなっているんだ』と周囲にぼやき、動揺を隠せなかったそうです」
立民が大勝負に打って出たのは、これを千載一遇の好機と見たからだろう。4月の衆院3補選と5月の静岡県知事選で完全勝利。一方の小池氏は、目黒区長選、衆院補選(東京15区)、都議補選(目黒区)と、みずから支援する候補が3連敗していた。
「立民は5月に情勢調査をして、蓮舫氏なら小池氏と戦えると手応えを摑んだ。立民の幹部が『ぶっ倒すなら今しかない』と説得を続け、会見の前日の夜に蓮舫氏は決断したと聞きました」(政治部記者)
女傑同士の首都決戦は、蓮舫氏が7年前の「因縁」に決着をつける場としてこれ以上のものはないだろう。
16年7月に小池氏が都知事選に初当選すると、蓮舫氏はその2カ月後に民進党の代表に選出された。
当時の蓮舫氏は街頭演説で、「知事の手腕は同じ女性としてまぶしい」と小池氏への憧れを口にしていたが、両者はまさに「水と油」だったようだ。政治部記者が述懐する。
「代表選の直後に都庁で小池氏に面会した際、蓮舫氏はヨイショを連発。五輪関連予算についても、『メスを入れるなら、協力させてください!』とタッグを申し出たものの、小池氏は曖昧な返事で濁していました」
当時の蓮舫氏は日本と台湾の「二重国籍問題」(16年9月に台湾籍を離脱)で逆風が吹いていた。そこで〝小池フィーバー〟に便乗しようと、連携に向けて秋波を送り続けたが、まったく相手にされなかったのだ。
そればかりか、翌年の都議選では、民進党都連が公認を決めた候補者のうち、約4割が都民ファに寝返って面目丸潰れ。結果も都民ファが49議席獲得の大躍進に対し、民進は5議席と惨敗。わずか1年で代表を辞任する屈辱を味わった。
「勢いに乗る小池氏は17年9月に保守政党『希望の党』を結党。後継の前原誠司代表(62)と手を組み、民進党から希望の党に合流するように主導しました。前原氏は『できるだけ全員を希望に合流させる』と説明していたのに、小池氏はリベラル系の『排除』を宣言。蓮舫氏の仲間は徹底的に追いやられ、民進党は分裂を余儀なくされた」(政治部記者)
小池憎し─。蓮舫氏と党幹部の中で、怨恨が生まれた瞬間だった。
(つづく)