プリゴジン氏の反乱をめぐり、北朝鮮が朝鮮中央通信を通じ「ロシア指導部による選択と決定を強力に支持する」との見解を明らかにしたのは25日のことだ。同通信によれば、北朝鮮の任天一外務次官はこの日、ロシアのマツェゴラ駐北朝鮮大使と面会。ロシア指導部への支持を表明したと伝えられる。
北朝鮮は、ロシアのウクライナ侵攻に伴い、昨年からワグネルに対し武器弾薬を供与していると報じられた。4月30日には、米国家安全保障会議のカービー戦略広報調整官が、5月初めに砲弾約1万発をウラジオストクまで鉄道で輸送する計画があると記者会見で明らかにし、今後も北朝鮮からワグネルに対して頻繁に武器弾薬が提供される可能性があると示唆していた。
ただ、この時はまだプーチン大統領とプリゴジン氏との関係は良好ではないにせよ、危機的な状態ではなかった。だからこそ、わずか2カ月での状況の劇変に、金正恩総書記が大きな衝撃を受けたであろうことは想像に難くない。
「正恩氏は中国で『白紙デモ』が勃発した際も、極度なほど敏感に反応。民衆やエリート層の間で同様の反乱が起きないよう、監視体制を厳しくするなど権力維持のための対策を強化したと伝えられます。さらに今回は、反乱軍がわずか1日でロシアの首都モスクワ目前まで進撃したわけですからね。撤退したとはいえ、正恩氏にとってこの事実は衝撃と恐怖でしかなかったはず。この騒動直後に北朝鮮では部隊の無断移動が禁止され、軍の指示命令系統が再確認されたとも伝えられていますが、今後も軍内部の統制管理が徹底されることは間違いないでしょう」(北朝鮮に詳しいジャーナリスト)
むろん、ロシアと北朝鮮では国の体制に大きな違いがあり、ひとくくりに“独裁”といっても、ロシアで起こった事が北朝鮮で起こる可能性は低いだろう。しかし、現在もなお食糧難から餓死者が続出しているにもかかわらず、ミサイル開発に莫大な資金をためらいなくつぎ込む正恩氏の方針に不信感を持つエリート層は少なくない。また、国営通信に度々登場する全身ブランドで着飾った娘の存在にも批判が集まっている、との韓国報道もある。将軍様に対する不満のマグマは膨張しているというわけだ。
さらにもう一つ、今回のワグネルの乱以降、正恩氏の立ち位置がより中国側に傾き始めたとみる専門家は多い。
「これまで北朝鮮は『反米連帯』を掲げながら中露との関係でバランスを取ってきた。ところがロシアがウクライナ侵攻で西側に牙をむいて以降、金正恩はその姿勢を露骨に支持しています。ワグネルに武器供与したのもプーチンの歓心を買うためでしょう。もしプーチン政権が倒れれば、北朝鮮の外交や経済に深刻な影響が出るのは避けられない。そのため、プーチンが危ないとなれば、北朝鮮はすぐさま中国寄りに立ち位置を全シフトするはず。この数カ月で北朝鮮情勢が大きく変化することは十分に考えられます」(同)
ワグネルの乱は、ロシア国内だけでなく北朝鮮の独裁者にも大きな影響を与えたようだ。
(灯倫太郎)