「窮鼠猫を噛む」という諺には、極限まで追い詰められれば弱者が強者を破ることがある、という意味がある。大国ロシアをネズミに例えるのはおかしな話だが、西側諸国すべてを敵に回している現状では、そう言えなくもないだろう。
すわッ軍事クーデターか!と思われた今回のワグネルによる反乱で、プーチン政権は弱体化の一途をたどっている——ここ数日、西側メディアはそんな論調でロシア情勢を伝えている。
しかし、こうした希望的観測に反し、先月29日(現地時間)、ベルギーのブリュッセルで開かれたEU首脳会議に出席した27の加盟国指導者たちは、もっとシビアな見方を示しているようだ。
「NATOのストルテンベルグ事務総長は取材陣に対し、『週末に我々が目撃した反乱はロシアの組織の中に亀裂があることを示している』としながらも、これはあくまでもロシア内部の問題で、その後ワグネル兵士がどの程度ベラルーシに移動したことが確認できないため結論を下すには早すぎる、と慎重な発言に終始。さらにEUのジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表は『弱くなったプーチンは大きな危険』と指摘、プーチン氏は独占していた武力を一部失ったが、それにより、より強硬な手段を取るものと予想されるとして危機感を募らせています。つまり、絶体絶命の立場の者が思いもよらぬ攻撃をしかけるように、この先どんな暴発を起こすかわからないということです」(ロシアウォッチャー)
民主主義国家なら今回のような内乱が起これば、間違いなく政権は弱体化する。しかし、そうならないのが独裁国家の特徴だという。
「ロシアの歴史を見れば一目瞭然で、ロシア皇帝時代からコサックなど反乱軍が出てくることはままあった。しかし、そのほとんどがクーデターに失敗しています。その理由はロシアが独裁国家だったから。独裁者は危機が迫ったと感じた場合、政敵を残虐に殺して見せしめにし、権力を維持しようとします。なので、長期的に見れば弱体化していくものの、短期的には極端な政策をとることにより体制は強固になる。つまり、独裁国家では独裁者が危機に陥ったときのほうが、逆に強くなるということです」(同)
それを今のプーチン政権に当てはめると、ワグネルの乱をきっかけにより体制が強化され、さらに独裁性が強くなる可能性が高まったというのである。
「プリゴジン氏の反乱に絡み、セルゲイ・スロビキン上級大将が拘束されたと伝えられていますが、今後はプリゴジン氏に近い勢力に対し、徹底した粛清が始まる可能性が高い。ただし、この粛清を国民がどう見るかが問題で、プーチンに逆らうのはけしからんとみるのか、あるいはこのままの指導者でいいのかとみるのか。いずれにせよ重要なのは、プーチン氏にとって最大の相手は、もはや西側ではなくロシア国民の民意に移行してきているということ。それをプーチン氏がどう捉えるかが今後の行方を左右することになりそうです」(同)
追い詰められたプーチン大統領の一挙手一投足に、ロシア国民の視線が注がれている。
(灯倫太郎)