朝日新聞はレベルが高すぎて筆者にはついていけない。最近も「ロシアの即時停戦拒否、米ロ交渉にはらむ大きな危うさ 欧州総局長」(3月20日、杉山正・朝日新聞欧州総局長署名)と題するシビれる解説が掲載された。事実よりも「ナラティヴ(物語)」を重視する最近の「朝日新聞」の特徴を示す記事だ。
〈「プーチン(ロシア大統領)の帝国主義的野心を止めなければ、終わらない。どんな合意も侵略の引き延ばしだ。その問題解決のためなら戦える」
ウクライナ東部ドネツク州の最前線で戦う兵士ワディム・リバチュクさん(36)が言っていた。〉(3月19日「朝日新聞デジタル」)
リバチュク氏は政治意思形成には関与しない一般のウクライナ市民だ。この発言を根拠にこのような議論が展開されている。
〈根本的な危機の原因として除去すべきは、リバチュクさんが言うように、プーチン氏の帝国主義的な野望であるのは明らかだ。〉(同前)
筆者は、外務省国際情報局(現在の国際情報統括官組織)で主任分析官をつとめていた。部下がこのような分析調書を書いてきたら書き直しを命じた。「戦争の根本原因を特定する場合には、一般市民の意見ではなく、政策意思決定に関与する者の発言を根拠とするように」と注文を付けた。もっとも朝日新聞にとって重要なのは、分析の正確さではないので、このようなナラティヴ重視でいいのだろう。
さらに興味深いのは以下の記述だ。
〈プーチン氏の真の目的は、ウクライナの一部を占領することではない。ウクライナを属国化することだ。プーチン氏は、ウクライナを独立した主権国家として認めない独自の歴史観にとらわれている。
プーチン氏は停戦案を提示された際、「根本的な危機の原因を除去するものでなければならない」と言った。望んでいるのは、ウクライナの無力化と西側からの切り離しだ。プーチン氏の考え方は変わっていない。〉(同前)
〈中途半端な安全の保証しかウクライナに提供できなければ、和平合意もプーチン氏が目的を達するための一過程にしかならない。ウクライナを脅すトランプ氏の取引はプーチン氏を利するだけとなる。〉(同前)
プーチン氏が己の歴史観を変えることはないと思う。また現状ではウクライナのゼレンスキー大統領が望む安全の保証が担保されるような合意はできない。この記事の趣旨に従うならば、ウクライナの最適な選択は安全の保証が完全に担保されるために戦い続けることになる。その結果が、ウクライナの国民と国土にどのような結果をもたらすのだろうか?
遡れば、1944年7月にサイパン島が陥落した。これによって絶対国防圏が崩れてしまった。合理的に考えれば、日本の勝利の可能性はなくなった。だがその後も、「朝日新聞」は連日、「必勝の信念」「聖戦貫徹」を主張し、それは1945年8月15日まで続いた。客観情勢を見ずに、主観的願望に固執するのがこの新聞の伝統なのだろう。
佐藤優(さとう・まさる)著書に『外務省ハレンチ物語』『私の「情報分析術」超入門』『第3次世界大戦の罠』(山内昌之氏共著)他多数。『ウクライナ「情報」戦争 ロシア発のシグナルはなぜ見落とされるのか』が絶賛発売中。