北朝鮮では2020年12月に、「韓国の映像物を流布した者を死刑、視聴者は懲役15年刑」とする「反動思想文化排撃法」を制定。現在も同法による処罰者が後を絶たないといわれる中、なんとも不可解な現象が起こっているという。
発端は昨年の大晦日。北朝鮮・平壌で開催された「2023年新年慶祝大公演」で、北朝鮮の歌手チョン・ホンランが「我らを羨め」という曲を歌ったのだが、その曲が韓国アイドルグループ「GFRIEND」が17年に発表した「Fingertip」という曲に酷似している、として波紋を広げているのだ。
「パクリ疑惑を指摘したのは、韓国・東亜大教授で北朝鮮専門家のカン・ドンワン氏。同教授が16日にアップした自身のユーチューブチャンネルによれば、この2曲の比較を専門家に依頼したところ、かなりの部分で音階が『Fingertip』と酷似。特に原曲にある『タンタンタン』という歌詞と銃を撃つ振り付けは完全に模倣だと結論づけています」(北朝鮮ウォッチャー)
「我らを羨め」は北朝鮮に古くから伝わる歌で、1999年8月15日に開かれた板門店での「統一芸術祝典」でも披露された、北朝鮮国民なら知らないものがいないという有名な曲。そんな伝統的な曲を、一歌手が韓国のガールズグループになぞりリメークして歌ったとなれば、それこと由々しき問題だが、
「カン教授の説明では、もともとこの曲は北朝鮮の青峰(チョンボン)楽団が歌ったものを、チョン・ホンランがリメークしたもので、同氏いわく、いま北の音楽界では編曲・リメークブームが起きているというんです。じつは昨年の『9・9節公演』の際にも、北の体制を宣伝する曲がリズム・アンド・ブルース(R&B)にアレンジして披露されており、本来であれば憎き米国の曲に寄せるなどけしからんとなるはずですが、不思議なことに金総書記は『歴史的な公演だった。非常に素晴らしい編曲で画期的な変化だった』と評価したというのです。結果、オイシイ部分をアレンジして取り入れることに抵抗がなくなり、今回のGFRIENDパクリ疑惑に繋がったのでは、と分析していました」(同)
韓国聯合ニュースの取材に対しカン教授は、「作曲家個人の裁量で韓国や西側を模倣した編曲をした可能性は低い。朝鮮労働党の関与があった事は間違いないだろう」との見解を示す一方、すでに北朝鮮の若い世代には韓国文化が浸透。取り締まりや規制が難しいため「韓国の要素を取り入れつつ、韓国の歌に対抗できる文化を作る方向に舵を切ったのでは」と説明している。
とはいえ、韓国の大衆文化を「資本主義の黄色い風」と規定し、韓国映画やドラマを流布や販売して摘発された場合は、未成年者でも見せしめ的死刑を実行してきた金総書記。同氏が映像と音楽をどう区別しているのかを知るすべもないが、昨年12月の建国74周年の祝賀公演で歌われた楽曲についても、労働新聞では「個性と特色を生かした斬新で異彩を放つ編曲」として、金氏の直接的な指導があったと報じている。
さて、同氏が考える「大衆文化」とは……。
(灯倫太郎)