北朝鮮「越境米兵」の人命はどうなるのか?金正恩とバイデンの駆け引き

 核弾頭を搭載できる戦略原子力潜水艦「ケンタッキー」が、実に42年ぶりに韓国・釜山へ入港した18日。なんと、在韓米軍に所属する陸軍二等兵の男が、板門店にある軍事境界線から北朝鮮へ「越境」するという前代未聞の事件が発生し、波紋が広がっている。

 韓国在住のジャーナリストが語る。

「米軍の発表によれば、この米兵は在韓米軍に所属するトラビス・キング陸軍二等兵(23)。2021年1月に入隊した後、第1機甲師団に配属されていたようです。韓国紙などの報道では、キング氏は昨年10月、ソウルの麻浦区で暴行容疑により逮捕され、天安市の刑務所で2カ月に渡り服役。7月10日に釈放され、本来であれば事件を起こす前日の17日には、米テキサス州フォート・ブリスに護送され、本国で軍の懲戒処分を受ける予定だったとされます。ところがこの日、京畿道平沢市の在韓米軍基地から仁川国際空港まで護送された後、憲兵が同行しておらず1人で保安検査場を通過したようですが、職員に『パスポートがなくなった』とウソをつき、そのまま出発ゲートの外に出て逃走。そしてなぜか、板門店の共同警備区域(JSA)の見学ツアーに突然現れ、18日午後3時過ぎ、軍事境界線を越えたと報じられています」

 仁川空港から板門店までは約85キロ。しかも、JSA団体ツアーは事前予約が必要なことから、キング氏が以前から北朝鮮への逃亡を計画していた可能性が高いという一部報道もあった。

 ジャンピエール米大統領報道官は18日の記者会見で、詳細な言及は避けたものの、「国防総省が相手方(北朝鮮側)とやりとりしている。スウェーデンや韓国などの友好国とも協議している」と述べ、数日以内に何らかの進展があるとの見方を示した。
 
 とはいえ、よりによって核を搭載できる戦略原潜を北朝鮮に見せつけた当日に自国軍兵士が自らの意思で境界線を越えたとなれば、対韓国だけでなく同盟国に対しても、バイデン米大統領のメンツが潰れたことは言うまでもない。一方、金正恩氏としては、飛んで火にいる夏の虫とばかりに、利用できる大きなカードを得たことになる。

「米国人の北朝鮮入国は2018年のブルース・ローレンス氏以来ですが、彼の場合は中朝国境を越え北朝鮮に入り約1カ月拘留されたというもので、直接軍事境界線から入ったというのは、それこそ1965年に非武装地帯での勤務中に国境を越えた元在韓米兵で、拉致被害者・曽我ひとみさんの夫であるチャールズ・ジェンキンスさん以来ということになります。北朝鮮では不法入国者はスパイか亡命者扱いになるため、スパイなら当然、裁判に掛けられ、無期懲役。亡命者の場合も長期間監視下に置かれることになります。しかも、それが米国人の場合は、より厳しい措置が取られることはまちがいない。つまり、彼が米国の犯罪者であっても、北朝鮮が簡単に身柄を引き渡すということはないでしょう」(同)

 2021年1月の政権発足以来、北朝鮮を外交政策の優先事項としてこなかったバイデン氏だが、核ミサイル問題等、朝鮮半島における緊張から、その優先順位が日に日に上昇している。そんな中で起こった今回の越境問題。はたして、手にした切り札を交渉材料に使って来るであろう正恩氏に対して、バイデン氏は解放に向けてどんな策を講じるのか。世界の目が2人の指導者の動向に注がれている。

(灯倫太郎)

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