フランスとの歴史的な激闘を制してアルゼンチンが優勝した22年のサッカーW杯。アルゼンチン国民にとっては86年にマラドーナを擁して優勝してから36年ぶり、またマラドーナの再来とも言える天才メッシにとっても最後のW杯になるはずだったので、悲願達成に国中は沸いた。
だが歓喜の色もやがては褪せる。だからということなのだろうか、人々の関心がW杯に向かっている間は触れられなかった、アルゼンチン人が向き合わなくてはならない〝ある現実〟について、W杯が終了した段階で複数のメディアが報じている。アルゼンチン経済を悩ませているハイパーインフレについてだ。
「年初でも約50%もあったアルゼンチンの消費者物価指数は、W杯が始まった11月には前年同月比で92%に上昇。もちろん世界全体が高いインフレ率に悩んでいるわけですが、モノの値段が倍になっているアルゼンチンのそれは比較になりません。雇用はいくらか回復しているものの、新規労働者の賃金伸び率をインフレ率が上回っているわけですから、働いても焼け石に水ということになります。さらに8月に同国内で行われた調査では、3年連続ラニーニャ現象に見舞われたために干ばつが深刻で、22年9月〜23年8月までの小麦生産量は一時的に雨量が回復した前年度比で28%も落ち込む見込みで、過去7年で最悪と出口が見えない状態です」(経済ジャーナリスト)
だからこそW杯優勝はつかの間厳しい現実を忘れたいアルゼンチン人にとっては、相当な癒しになったはずだ。アルゼンチン経済の歴史を振り返れば、そもそもが1816年にスペインから独立して以来、国家経済が8度の債務不履行(デフォルト)を起こして、2桁のインフレ率はザラという経済環境だからだ。
「1971年にノーベル経済学賞を受賞したサイモン・クズネッツの有名な言葉に、『世界には4つの国しかない。先進国と発展途上国、そして日本とアルゼンチンである』というものがあります。意味するところは、世界が先進国と発展途上国で二分される中、発展途上国から先進国に脱した日本と、先進国から発展途上国に堕したアルゼンチンの2カ国だけは例外だ、ということです。だから日本とアルゼンチンは経済学的に興味深い国として、研究対象として多く扱われてきたという経緯があるくらいです」(同)
だからこそ忘れたい現実として、アルゼンチンでは長くW杯の優勝を祝うムードは続くのだろうが、彼らには今回の慶賀をテコとして是非とも経済の立ち直りにシフトしてもらいたいものだ。
(猫間滋)