太平洋の島々や東南アジア、中国南部を中心に、その実を噛みたばこのように咀嚼する嗜好品として、古くから親しまれてきたビンロウ。大きめのオリーブほどの実には、アルコールに似た覚醒作用があり、中国では愛好者が6000万人にも上るという。だから生産の盛んな海南省や加工工場のある湖南省では、ビンロウ産業が地元の雇用と収入に大きく貢献してきた。
ところが、ビンロウの実には「アレコリン」という成分が含まれ、これが口腔がんを誘発しやすいとして、2004年にWHOの「国際がん研究所」が発がん物質に指定。中国では、湖南省で8000人余りの口腔がん患者を調査した結果、なんとその9割がビンロウを摂取していた事も発覚した。そして2017年には、中国当局もアレコリン成分を口腔がん誘発物質に指定している。
「そんな背景もあり、中国は2020年、ビンロウを食品品目から除外。しかし、たばこ同様、常習性のある嗜好品とあって身体には悪いと思っていてもなかなかやめることができない愛好者が多かった。そんな中、今年9月に中国で著名な男性歌手・傅松さんが36歳の若さで亡くなったことで、ビンロウが『死の実』として改めてクローズアップされる形になったんです」(中国事情に詳しいジャーナリスト)
傅松さんはビンロウの生産地、中国南部・湖南省の出身。自身も愛好家で、ビンロウの長期使用が原因とされる口腔がんで、右頬に大きな腫瘍を発症。闘病中の姿を動画で発信し、「ビンロウをやめるように。命は尊い」と、その危険性を訴えていた。傅松さんの死を受け、浙江省や江西省の一部でビンロウ加工食品の販売を禁止。今後はさらに規制地域が拡大する予定だという。
ところがそんな中、今度は韓国で「『死の実』103トンが韓国に持ち込まれていた!」と中央日報が10月27日に報道して波紋が広がっている。
「記事によれば、韓国に直近5年間で輸入されたビンロウの実は、103.2トン。2018年の11トンから、翌19年には26トンと2倍以上伸び、20年、21年は減少したものの、今年は逆に増加しているとのこと。韓国では漢方薬に分類されるため、輸入通関の制裁をすり抜けて入ってきたとみられますが、現在の韓国薬事法では漢方薬として管理されていれば制裁措置をとることができない。そこがネックのようです」(全国紙記者)
中国に続き韓国の報道で、ビンロウを巡る騒動はさらなる広がりを見せているようだ。
(灯倫太郎)