アメリカのナンシー・ペロシ下院議長が中国側の強い警告を無視して台湾を訪問したのは8月3日のこと。中国は翌4日から大規模な軍事訓練を開始して、一気に台湾海峡の緊張が高まった。
「何しろペロシ下院議長は、1989年に中国で天安門事件があった2年後の91年に、超党派議員訪問団の一員として北京を訪れると、中国政府の許可なくホテルを抜け出すと天安門広場に行って抗議のプラカードを掲げ、警察に取り囲まれようとする中、走って逃げたというツワモノ。チベットのダライ・ラマとも長い交流を重ねてきた、筋金入りの対中国タカ派で、中国としては最も気に食わない存在の1人」(全国紙記者)
そんな人物が、このタイミングに訪台するというのだから、中国も黙ってはいない。そこで訪問を巡って警告のつばぜり合いが繰り広げられたのだが、
「中国の習近平にしてみれば、秋の党大会でこれまでは2期10年までが不文律だった国家主席の3期目続投を伺おうというタイミング。95〜96年の李登輝・台湾総統時代にあった台湾危機では、米軍が空母1隻を海峡に、もう1隻を付近に派遣したため中国が鉾を収めねばならなかった経緯があります。ところが今回は、中国の人民解放軍が台湾を6方から取り囲んで実弾を使った大規模訓練を行う中、米軍は艦隊4隻を台湾東方の海域に待機させるに留めざるを得ませんでした。中国がパワーバランスを大きく前進させたかっこうで、現体制のまま超大国であり続ける意味を大きくアピールすることに成功しました」(同)
しかも今回の訓練では、事実上の台湾侵攻シミュレーションを行えたことにもなる。
訓練は4日正午から7日正午の3日間行われた。題して「72時間作戦計画」。ロシアがウクライナ侵攻の初っ端でつまずいたのとは異なり、72時間でケリをつけてしまおうというものだ。具体的には、①大規模ミサイル攻撃、②領海・領空封鎖、③上陸作戦—としてオペレーションは進められた。中国国営放送が伝えた映像では、6日の合同陸上打撃訓練では、台湾南部の高雄港が映されていたので、高雄から上陸する作戦で遂行されたと思われる。
「さらに加えて言えば、訓練が終了した8日以後にも訓練は継続され、なんとはなしに70年間維持されてきた台湾と中国との中間線が無効化しつつあります。今回の軍事訓練では日本の排他的経済水域(EEZ)にも着弾しましたが、これら台湾周辺の空海域を中国の一部とされたようなものです」(同)
これら一連の動きは果たして誰得だったのか。ロシアのウクライナ侵攻におけるのと同様、大国が現状変更に乗り出したら、戦争を起こさない限り「なす術無し」状態に陥る悪夢を思わせて不気味でしかない。
(猫間滋)