外務省の森健良事務次官が、ロシアのガルージン駐日大使を呼び出し、「ウクライナでの多数の民間人殺害は重大な国際人道法違反であり、戦争犯罪で断じて許されず厳しく非難する」として、在日ロシア大使館とロシア通商代表部の職員計8人の追放を伝達したのは8日のこと。これに対し、ロシア外務省ザハロワ報道官は同日、国営通信に対し「ロシアは適切な対応をとる」と述べ、抵抗姿勢を露わにした。
「追放措置というのは『ペルソナ・ノングラータ』と言って、外交上取れる措置の中では最も厳しいものですが、むろん背景にはウクライナ当局がロシアの諜報機関、連邦保安局(FSB)の『欧州で活動する工作員』とする620人の実名リストを公表、それを受け欧州連合(EU)各国が、ロシアの外交官ら300人以上を国外追放したことが影響していることは確かでしょう。ロシアにおける諜報活動の要はサイバー攻撃と人的情報収集ですが、ロシアは海外にさまざまな人的な諜報ネットワークを張り巡らせてきました。その中には、外交官や大使館員のほか、大使館勤務のコックまでいて、彼らがスパイとして活動。実際、日本では2020年1月には、通商代表部から工作を依頼されたソフトバンク元社員が機密情報を不正取得する事件が発覚。昨年6月にも、元調査会社経営の男が通商代表部職員へ譲渡目的で、軍事技術関連の文献を不正入手したとして逮捕されており、外交官や企業などにも多くの諜報員が潜んでいると言われてきました。ですから、職員追放は外交やビジネス面で問題が生じる可能性はあるものの、安全保障の観点から考えれば、評価できる判断だったと考えられます」(軍事ジャーナリスト)
一方そんな中、ウクライナ侵攻を巡り、ロシアのプーチン大統領がFSB所属の情報員約150人を「追放」した、と12日の英紙タイムズが報道。同紙によれば、追放されたのは、プーチン氏がFSB長官時代に設置された部門の情報員で、「侵攻前のウクライナの実情に関し、うその情報を報告した」ことの責任を問われたのではないかとされる。
「今回、追放処分された職員のほとんどが『第5局』所属で、同局はプーチン自身がFSB長官だった1998年に設立。旧ソ連の構成国をロシアの勢力圏にとどめる役割を担っていたとされ、ウクライナ侵攻でも情報収集や戦闘活動などに深く関与する、いわば肝いりの部署でした。ところが、同局からあがってきた報告に基づき軍事作戦を立てるも、侵攻がまったく計画通りに進まなかった。プーチンとしては全幅の信頼を置いていただけに裏切られた気持ちも強いのでしょう。結果、大量追放となったようです」(同)
プーチン大統領の戦争犯罪について、オランダの国際刑事裁判所(ICC)は「信じるに足りる根拠があれば逮捕を要請する」としているが、ロシアがICCに非加盟なことに加え、裁判は被告人の出廷が必要なことから同氏に対する処罰は現実問題、ほぼ不可能だ。ただ、「スパイ狩り」による諜報網寸断で、追加経済制裁や軍事支援など、西側諸国による水面下での動きがプーチン政権側に伝わらなくなり、兵糧攻め的な効果は出始めている。
「ただでさえ、スパイ狩りでイラついていることに加え、FSBからの誤情報に振り回されたことで、プーチンの怒りが増幅したことは想像に難くありませんが、逆に言えば、プーチンもそれだけ追い詰められているということ。そうなると今後、スターリン的な大粛清が始まる可能性も否定できない」(同)
追い詰められてきたプーチンが選択する未来とは……。
(灯倫太郎)