俊足の選手にとっては特需シーズンとなった。コロナ禍の特別ルールとして、今年は延長戦なしで9回打ち切りで行われている。延長がないということは、ベンチは手持ちの駒を使い切りやすい。例えば同点の9回に足の速くない中軸の打者が出塁しても、今までなら延長戦に打席が回ることを考えて代走を送れなかった。今季は延長戦を無視していいんやから、走り屋が重宝されても当然やな。
首位を走る阪神では、熊谷が足のスペシャリストとして頭角を現してきた。5月11日の中日戦では1点を追う7回二死一塁で起用されると、初球で二盗を成功させ、糸原の適時打で同点のホームを踏んだ。代走だけで失敗なしの5盗塁目となった。しかも、そのすべてがホームに帰ってきた効果的な盗塁やった。佐藤輝のような派手さはないけど、今年の快進撃の立役者の一人に挙げたい。
いくら走るのが仕事といっても、なかなか初球で走れるものではない。勇気がいるし、頭で考えていたら足が動かなくなる。目で見て反応できるかどうか。考える前にスタートを切れるようになれば本物。普段の練習から実戦を想定して、なおかつ実際の試合での経験も必要。練習のための練習では、とっさの反応はできない。
昔は近鉄の藤瀬や、広島の今井のように代走専門の選手がいた。僕らのようにレギュラーで出ていれば、失敗しても取り返すチャンスがある。そう考えると、代走の選手のほうが走ることに関してはプレッシャーがきつい。アウトになればチャンスを潰すし、スタートを切らなければ「何しに出てきたんや」と言われてしまう。
ほんまに状況によっては戦犯になる。最近では巨人の増田大がそう。5月16日の阪神戦で1点ビハインドの8回二死から代走出場。打席には長打が期待できるスモーク。阪神の岩崎は2ボールとストライクを取れずに苦労していた。ところが増田大が牽制に誘い出されてアウト。翌日、出場選手登録を抹消された。岩崎がプレートを外さず、あのまま捕手に投げていたら楽々盗塁に成功していたから紙一重な部分はある。ただ、あのカウントからアウトになったら𠮟られる。
先に挙げた熊谷は、それこそ命がけでスタートを切っているはず。顔も男前で勝負師のいい目をしている。出場機会が増えれば女性ファンからもっと人気が出るはずや。立教大から17年のドラフト3位で入団して4年目の25歳。2軍でくすぶっている時から気にかけていた選手やから、今年の活躍はうれしい。打撃もしぶとさを持っているんやけど二遊間はライバルが多くチャンスが少なかった。外野まで守るユーティリティープレーヤーとなって、これまで生き残ってきた。
阪神は熊谷以外にも走れる選手が多く、俊足選手の層の厚さでは12球団トップクラス。今のところ、熊谷の5回も合わせて、代走は11回走って失敗0というから素晴らしい。植田や江越、島田らも、脚力だけなら熊谷と同じ力がある。その中で矢野監督にアピールするには、いかに勇気を持ってスタートを切れるか。それもイチかバチかではなく、しっかり「目で見て反応」できないとアカン。
今年は引き分けが多く、試合終盤の1点は特に大きな価値がある。各球団の走り屋の活躍がシーズンを大きく左右すると思うで。
福本豊(ふくもと・ゆたか):1968年に阪急に入団し、通算2543安打、1065盗塁。引退後はオリックスと阪神で打撃コーチ、2軍監督などを歴任。2002年、野球殿堂入り。現在はサンテレビ、ABCラジオ、スポーツ報知で解説。