今年1月、医師1155人が選んだ「花粉症対処法ランキング」が発表された。マスク、うがい、点鼻薬・点眼薬がトップ3で、飲食物としてはヨーグルト、納豆が支持を集めた。だが、いずれも決定打には程遠い、基本的なものにとどまっている。このもどかしさ、苦しさを晴らす方法はないものか。
岐阜大学医学部で、2月から4月の花粉症シーズンに行われた臨床実験がある。
花粉症を発症している男女15人に、とある果汁10ミリリットルを毎日、2週間以上飲んでもらったところ─結果は、鼻水、くしゃみ、鼻づまり、鼻のかゆみ、目のかゆみ、涙目の6項目全ての症状が軒並み改善した、とのデータが出てきたのだ。
「じゃばらが花粉症に効く」
かくして、この聞き慣れない注目の果実は、たちまち世間に広がることとなる。
紀伊半島の奥にあたる和歌山県北山村は周囲が全て三重県と奈良県。和歌山県のどことも隣接しない、全国唯一の「飛び地」の村だ。面積の97%が山林で、人口わずか約430人。人気番組「ポツンと一軒家」にも出てきそうなこの場所でおよそ200年前、ひとつの奇跡が起きていた。
当時から、すでに山の斜面を利用して、柚子や温州みかんの栽培が行われていたのだが、ある時、誰が手を加えたでもない自然交配によって、この両方が合体し、新種の木が1本だけ育っていたのだ。果実の大きさは夏みかんほど。柚子やスダチとは少し違った香りがあった。
地元の人たちは、これを「邪気を払う」ところから「じゃばら」と名付け、やがて正月のお供え飾りなどには欠かせないものとなる。他の地方では栽培されていない特産品として、珍重されるようになったのだ。
それが1970年代になって突然、脚光を浴びる。世界でも類を見ない、新しい品種の柑橘類だと認められたのである。
21世紀に入ると、じゃばらの持つ効能が徐々に世の中に知られるようになっていく。日本じゃばら普及協会の飯田勝夫氏によれば、
「どうも、じゃばらを摂取すると花粉症になりにくい、というのが自然に口コミで広まり出したのですね」
事実、北山村では、「じゃばらを搾ったジュースを飲むと、花粉症の症状が出にくくなる人が続出した」との声も聞かれるようになっていた。
なにしろ、花粉症は日本全国に広がる国民病となっており、地元では村おこし商品の決定版として積極的に栽培されるようになっていく。飯田氏によれば、
「元はたった1本しかなかったものが接ぎ木されて、今では8000本以上にまで増えています。じゃばらにはタネがほとんどないため、接ぎ木で増やすしかないのです」
ジュースだけでなく、ママレード、ポン酢など様々な加工品が生産され、じゃばらは北山村の経済を支える大黒柱に成長。14年には全国ネットのテレビ番組でも紹介され、その認知度は高まっていった。
では、じゃばらがなぜ花粉症改善に大きな効果を発揮することになったのか。効果の元といえるのが、じゃばらに含まれる「ナリルチン」というフラボノイド。いわゆる植物の色素成分の一種だ。
フラボノイドは、植物自身が紫外線による活性酸素や害虫などから身を守るために作り出された物質で、それを食べた人間にも多くの効能をもたらす。じゃばらを研究する大阪薬科大学の馬場きみ江名誉教授が解説する。
「ナリルチンはじゃばら以外の柑橘類にも含まれます。ただ、じゃばらのナルニチン含有量は他とは比較にならないくらい多く、じゃばら1個が温州みかん191個分に相当することがわかっています」
じゃばらの果実が黄色く成熟するのは冬。しかし、まだ青みが残っている11月頃に収穫したものに最も多くのナリルチンが含まれることがわかっている。では、そのナリルチンが花粉症に作用するメカニズムを簡単に見ていこう。
人の体には、ウイルス、細菌、花粉などの異物が侵入するとそれを排除する免疫機能が備わっている。健康を守る重要な働きだが、時として何らかの原因で過剰に働きすぎて、逆に害になるケースがある。これがアレルギー性疾患であり、花粉症もまたその一種だ。
花粉が体内に入ると免疫グロブリンEという抗体が作られ、目や鼻などの粘膜にあるマスト細胞と結合する。そこへさらに花粉が入ってくると、マスト細胞からヒスタミン、ロイコトリエンなど、かゆみ、くしゃみ、鼻づまりなどのアレルギー症状を生む炎症物質が放出される。
ナリルチンには、このヒスタミンなどの炎症物質放出を強力に抑え込む働きがある。つまり、じゃばらを摂取することでヒスタミンなどの放出を阻止して元を断ち切り、たとえ花粉症にかかっても、より軽症で済むというわけなのだ。感染自体を防ぐわけではないが、たとえ感染しても重症化を抑制するとされるコロナワクチン接種と似たような感じに思える。
果実であるからには、やはりそのまま食べるか、あるいは実を搾り取った果汁を飲めばいい。ところが、さらに効能を高める秘策が見つかった。馬場名誉教授は、実ではなく皮を使うことだとして、次のように続けるのだ。
「測定の結果、じゃばらの果皮には、なんと果汁の13倍ものナリルチンが含まれていることがわかったのです。この果皮をうまく利用すれば、より多くの花粉症などの辛い症状を撃退できる、と考えました」
とはいえ、みかんの皮でもそのまま食べるのは難しい。じゃばらの果皮を直に食べるのは楽ではないだろう。ではどうするか。
「手軽にじゃばらの果皮を摂るためには、それをベースにしたサプリメントがおすすめです」(馬場名誉教授)
だが、それにも大きな落とし穴がひとつある、と健康ジャーナリストは言う。
「柑橘系の果皮にはリモネンと呼ばれる物質が含まれており、加工の工程で熱を加えるなどして酸化すると、アレルギー症状を起こす危険があるんですね。だからこそ、はっきりとリモネンを除去したサプリメントを選ぶ必要があります」
また、花粉症の症状の重さによって、必要なナリルチンの量も変わってくる。軽症者なら1日10ミリグラム程度でもいいが、重症なら60ミリグラムは摂取すべき、とされる。服用するサプリにどれほどの量が含まれているのかを確かめた上で飲むのがいいわけだ。
岐阜大学医学部の実験で使用された、北山村のじゃばら果汁10ミリリットルでのナリルチン含有量は11ミリグラムだった。軽症者用の分量でも全ての症状が改善したとなれば、果皮粉末を使用していればさらにどれだけの改善が見られるか、想像に難くない。
しかし、本当にそんなうまい話があるものなのか。実地確認すべく、重度花粉症に苦しむ編集部の記者3人が、じゃばら果皮サプリを服用してみることに。するとわずか2日後、3人全員が著しい「効果」を口にした。
「正直、気休め程度だろうと思っていましたが、鼻水が激減して苦しさがほぼなくなり、鼻通りがスーッとよくなりました。目をかきむしりたくなるかゆみも半減し、ほとんどいじらなくて大丈夫な状態です」
そして「花粉症は春先のシーズンさえ乗り切れば、もう大丈夫」と安易に考えてはいけない。確かにスギ花粉が飛ぶのは春が中心だが、イネの花粉なら春から初秋にかけて、ヨモギやブタクサなどは夏から秋、冬までと、極端に言えば、花粉の飛散状況にシーズンオフはない。
実はこのじゃばらには、さらなる恩恵があった。健康ジャーナリストによれば、
「ナリルチンは花粉症だけでなく、I型アレルギーと呼ばれるアレルギー症状全体に抑制効果があることがわかりました」
アレルギーにはいくつか型があるが、最も一般的なものが、このI型。いわゆるヒスタミンなどが放出されて起きるタイプのものだが、気管支炎やアトピー性皮膚炎など、実に様々な症状を引き起こす。アレルギーの原因となるアレルゲン(抗原)も幅広い。花粉のみならず、ソバ、小麦粉、卵、牛乳などの食べ物や飲み物、薬や塗料、羽毛なども含まれる。
住居内で発生するダニやカビなどのハウスダストも、Ⅰ型アレルギーのアレルゲンとなる。特に密集した日本の住環境は、ハウスダストを引き起こしやすいとされ、ハウスダストを主な原因とする通年性アレルギー鼻炎患者は日本国民の20%以上、とのデータもある。つまり、じゃばらの持つナリルチンは、このハウスダストによるアレルギー症状にも効果を発揮するというのだ。
また、医師が勧める花粉症の市販内服薬の調査では、アレグラFX、アレジオン20、クラリチンEXなどが支持を集めるが、やはり薬は眠気やだるさ、喉の渇きなどの副作用が出ることがある。薬を飲んだ後に車を運転したら眠くなって困った、という経験をした人もいるだろう。じゃばらには、そうした副作用はない。
200年前に和歌山の山村で生まれた「奇跡の1本の木」こそが、現代人に限りない恩恵をもたらすのだ。
※「週刊アサヒ芸能」3月11日号より