召集が遅すぎると批判を浴びた通常国会初日、菅総理は自身の施政方針演説を巡っても、野党にコキ下ろされた。トップとしての能力不足が明らかになる中、用意されたのは「次のカード」。現下の状況を一変させる可能性を持つ「劇薬人事」に肉迫する。
直近の各メディアの世論調査によると、菅内閣の支持率は軒並み急降下、不支持率がそれを上回るという惨憺たる結果を伝えている。こうした傾向は昨年暮れ以来、むしろ拍車がかかっている感があり、政権の「危険水域」とされる支持率30%割れは目前とも思われる。
その最大の要因として、菅義偉総理(72)のコロナ対策、対応への国民の不満が明らかになっている。そして衆院議員の任期満了が10月21日に迫る中、自民党内からも「このままでは選挙は戦えない」との切迫した声が上がり始めているのだ。それとともに、菅政権の「生みの親」でもある二階俊博幹事長(81)は、先の衆院本会議代表質問で菅総理に対し、「政権の実行力に期待」と奮起を促したが、本音はすでに「ポスト菅」は誰か、を模索しているようなのだ。「隠し玉」はズバリ、野田聖子幹事長代行(60)ではないか、との声が出始めているのである。
筆者が各派の旧知の議員、政治部記者などからの話をまとめてみると、どうやら二階氏は「3枚のカード」を縦横に使おうとしているように見える。前回総裁選2位の岸田文雄政調会長(63)、同3位の石破茂元幹事長(63)、そして野田氏がそのカードである。
どのカードを切るかのポイントは、次の2つが指摘されている。
ひとつは、次の衆院選挙に勝てる「顔」かどうか。もうひとつは、主要3派(細田派、麻生派、竹下派)が乗れるか否か。二階氏は前回総裁選では先手を打って菅氏担ぎ出しの流れを作って成功したが、今度はこの手は使いにくいとみているようである。
二階氏が主導した菅政権が短期で潰れたとなると当然、二階氏の責任も免れない。そこをかろうじてくぐり抜け、新政権下で再び幹事長ポストを手にするには、今度は主要3派と足並みをそろえた形の「協調主義」で臨むことが不可欠なのだ。
そうした中で野田氏の名前が浮上しているのは、もとより主要3派が乗れない候補ではないからにほかならない。野田氏が戴冠すれば、わが憲政史上初の「女性総理」の誕生となる。
野田氏と気脈のある自民党ベテラン議員のひとりは、野田氏の戴冠には「条件」があるとして、次のように言った。
「常識的にみれば、主要3派が担ぎたいのは、前回2位の岸田氏だろう。頑固でない、政策的な協調ができる人物ゆえに、担ぎやすいということだ。しかし、岸田氏の欠点は、国民人気が低いことにある。仮に菅政権が潰れ、自民党自体の政党支持率も急落となった時、岸田氏は10月までには行われる次の衆院選の『顔』たりえない。ヘタをすれば自民党はボロ負けで、政権交代の危機に立たされかねない。このピンチは、石破元幹事長でも凌げない。ここでの自民党の起死回生の『救命ボート』が野田氏ということになる」
このベテラン議員が続ける。
「『日本初の女性総理誕生』のインパクトは強い。有権者の半数は女性だ。『野田総理』での衆院選は圧勝、野党は壊滅状態になる。党勢がドン底になりそうなら、『救命ボート』の力を借りるしかない。野田氏の登場は、10%ほどはあるのではないか」
野田氏は昭和35年(1960年)9月3日生まれの60歳。オリンピック開催年の誕生にちなんで、聖子と名付けられた。祖父の野田卯一元建設相の養女となり、野田姓を継いで政界に出た。選挙区は衆院岐阜1区で当選9回、この間、戦後最年少の郵政相、さらに総務相、党3役の総務会長を歴任している。そして現在の、二階幹事長の下での幹事長代行である。
性格は飾り気なくざっくばらんだが、筋は通す。平成17年の小泉純一郎総理(当時)の「郵政解散」では反対、自民党を離党して無所属を余儀なくされた。また、平成18年に当時の安倍晋三総理から自民党復党を認められ、以後、党内で今日まで無派閥を貫いている。
昨年、その安倍氏が主導した全世帯への布マスク配布にも「評判が悪い」と、メールで「諫言」を辞さなかったなど、度胸もある。
一方、党内での立ち位置はリベラルだが、保守系議員からも慕われている。
野田氏をよく知る政治部記者が、こんなエピソードを明かしてくれた。
「日本酒が大好きで、酒豪ですね。以前は居酒屋などで、党内のリベラル、保守系問わずの中堅、若手議員とよくコップ酒をやっていた。談論風発、あっさり型でオンナを感じさせないから、こうした議員たちからは『姉さん、姉さん』と呼ばれて慕われていました。野田氏の子分格が仲のいい小渕優子元経産相で、こちらもコップ酒辞さずのクチです。2人は『きょうだい盃』を交わしており、やがてどちらかが総理の座に就くことがあったら、一方がこれを支えることを誓ったと言われています」
これまで野田氏は2回の総裁選出馬を試みようとしたが、前々回のそれは安倍前総理陣営によって出馬資格の推薦人を切り崩されて断念。前回は自身の情報公開請求の漏洩問題が影響して、出馬回避を余儀なくされたものだった。今回、ようやくそのチャンスが巡ってきそうだということである。
加えるなら、次のような証言もある。
「実は野田氏は、小池百合子東京都知事(68)との仲も悪くない。かつて2人は雑誌の対談で『女性の時代を作ろう』と気合いを入れていたこともあった。その小池氏も早晩、都知事を辞任、早ければ次の衆院選に出て、再度、国政に戻りたいようだ。コロナの終息状況しだいでは、そうした道を選ぶ可能性が高い。場合によっては選挙で野田氏と連携、タッグを組む形で、まずは『野田総理誕生』を後押しするのではないか。小池氏とすれば、その後の女性総理を狙うということだろう。二階幹事長は野田氏をかわいがっている一方で、小池氏にもパイプを持っている。『ポスト菅』政権下で幹事長留任となれば、早々に小池氏の自民党復党を認める可能性もある」(自民党ベテラン議員)
野田氏のここにきての最大の強みは、世界を含め「女性活躍」という追い風があることだ。
ヨーロッパではドイツのメルケル首相はじめ、女性のトップリーダーが多々存在する。アメリカのバイデン新政権では、ハリス副大統領や閣僚など、主要スタッフの実に3分の1が女性である。ヒラリー女史は前々回の大統領選で惜しくもアメリカ初の女性大統領の座を逃した、といった具合だ。この国に女性のトップリーダーが出現しても、もはや違和感はなくなっているだろう。
一方で、野田氏には逆風がないわけではない。長く無派閥を通してきただけに、漠然とした人気はあっても、核になる人脈が乏しい。後ろ盾となる二階氏の他に、野田氏の「名代」として主要3派の領袖らと接触する仲間が欲しい、ということである。石破氏が前回の総裁選で最下位に沈んだ理由も、主要3派との連携に汗をかく「軍隊」が不在だったことにあったのだ。
そのうえで、最大の弱点となりそうなのが、永田町に現存する、女性総理誕生を阻む「ガラスの天井」ということになる。「ガラスの天井」とは、自分からは見えない、わが政界特有と言っていい「嫉妬」を指している。わが政界はまさしく「嫉妬の世界」なのだ。
女性議員にも、稲田朋美元防衛相などが後継のイスに虎視眈々だが、「オレがいるのに」と総理の座を夢見る男性議員は多々いる。「女性総理」の誕生、前例は好ましいものではないということなのだ。
「女の敵は女」「男の嫉妬は女より怖い」ということわざが、これから野田氏の前に立ち塞がることになる。
(政治評論家・小林吉弥)
※「週刊アサヒ芸能」2月4日号より