世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスへの対策を巡り、武田良太防災担当相は3月19日、病院船の建造について「関係省庁と意見交換しながら、どのようなものが現実的なのか検討したい」と語った。
その「病院船」に関しては超党派の「病院船・災害時多目的支援船建造推進議連」も5日、菅義偉官房長官に建造を要請。全長200メートルの船体に500床を備え、2023年の完成を目指すとしている。
「日本では東日本大震災を契機に、病院船の必要性を訴える声が増えた経緯があります。かつては横浜港に係留されている氷川丸など、戦前から戦中にかけて何隻もの病院船が運用されましたが、戦後の運用実績はゼロ。自衛隊には医療用ユニットを搭載する前提で設計された艦艇があるものの、病院船専用の艦艇はありません」(週刊誌記者)
それに対して海外では、アメリカのマーシー級病院船が広く知られるほか、ロシアはオビ級、中国はアンウェイ級と1万トンを超える大型船を保有。意外なところでは、インドネシアやベトナムも保有しているという。
日本の推進議連ではマーシー級に匹敵する大型の病院船を求めているようだ。だが現状では、日本でそれほど大きな病院船を運用するのは不可能だというのである。前出の週刊誌記者が囁く。
「日本の技術なら病院船そのものの建造は問題ありません。しかし問題は、ハコではなく中身のほう。議連では1000人の患者に対応できる規模を求めていますが、そのためには同等数以上の医療スタッフが必要です。いわば巨大な浮かぶ病院を作るようなものであり、そのための医師や看護師、薬剤師や救急救命士といったスタッフを確保することは、現在の体制ではまず不可能でしょう」(前出・週刊誌記者)
基本的に軍隊が運用する病院船は、平時と有事では必要とされる医療スタッフの人数が大きく変わるもの。日本では海上自衛隊が運用するはずだが、自衛隊にはそれだけの医療スタッフを抱える余裕も能力もないというのだ。
「自衛隊で最大の自衛隊中央病院は500床を有する大型医療施設ですが、病院船には同等クラスの設備を設ける予定ですから、同病院がもうひとつ必要になる計算です。しかし現状でも自衛隊医官の充足率は約8割に留まっており、人材不足は明らか。そこを民間委託でカバーしようにも、病院船という特殊な環境への適応には専門の訓練も必要となり、相当な困難が予想されます。それゆえ議連が巨大病院船の必要性を訴えるのであれば、それに伴う医官の増員など人的リソースについても検討が必要なのは明らかでしょう」(前出・週刊誌記者)
その検討において参考となるのが、アメリカ海軍の病院船運用事情だという。
「米海軍が保有するマーシーとコンフォートに乗り込む医療スタッフは、サンディエゴ海軍医療センターから派遣されます。同医療センターは米軍が備える医療サービスすべての訓練を担っており、89棟の建物に合計2600床を備え、1200人を超える医師が従事している超巨大な施設。それに対して日本最大の藤田医科大学病院でも1435床ですから、彼我の差は明らかです。とは言え日本には1000床超の大型病院が20カ所以上ありますし、まずは病院船構想に賛同・協力してくれる病院をリストアップするところから始めるべきかもしれません」
日本の行政はハコを作るのは得意なはず。病院船の建造に合わせて巨大な病院を作れば、地域医療への貢献といった副次効果も期待できそうだ。
(北野大知)