江本孟紀が明かす野村克也の「遺言」(2)「俺にあいさつに来んなあ」

 ノムさんのことを語らせたら、僕以上に的を射ている人はいないんじゃないですか─。江本氏はそう言って笑う。話してくれたのは、美辞麗句を並べるだけではなく、必要以上におとしめるわけでもなく、「人間・野村克也」の素顔を知る者だけが語れる、遠慮のない思い出話だった。

 とにかく人の話を受け入れない。今回の本だって、質問項目をライターの方が用意しても、それにちゃんと答えたことはひとつもない(笑)。2〜3回目からは先に僕が質問に全部答えて、「さて野村さん、どうですか」というところに話を落ち着かせていました。

 あの人は常に、しゃべる時には自分を中心にするんです。自分の中にあることと違う意見が出たら、必ず否定する。長いこと、そうやって生きてきた。そういうところが人間臭かったね。だからまあ、難しい人ではありましたよ。

 だってね、ノムさんと僕の思い出で言うと、73年にリーグ優勝して抱き合ったのが最高のシーンなんですけど、最後まで「お前のおかげで勝てたよ」なんてひと言も聞いたことない(笑)。「短期決戦でこうやって勝てた」というふうに、自分の手柄として話すばっかりでしたわ。こっちは「監督でキャッチャーやっとる野村にいい思いをさせてやらんと、俺らの男がすたる」という思いだったというのにね。

 ただ、僕にしてみれば、いくらスターだ、名監督だって言ったって、「俺の球を捕ってた野村捕手じゃん」っていうのが根本にあるから、腹を立てたりはしない。みんなが知らない本当の野村克也、性格や歴史を知っている分、話してもたぶん、他の人とはあの人の言葉の受け取り方が違うし、それもおもしろいですからね。

 だからこそ逆に、古いつきあいの中にはノムさんを敬遠する人がいたりするのも確かです。

 2年前、春キャンプの真っ最中に、巨人OBとホークスOBの試合があったんです。ノムさんは監督。でもベンチに座っていても、旧南海の人間は誰も近寄らない。OB戦なんて、だいたい和気あいあいとしたもんですけど、雰囲気が悪かった。

 しかたなく僕が横に座って話していたら、ベンチの端のほうにいる南海OBの連中を指さして、「おい江本、あいつら俺にあいさつに来んなあ」「そら来ませんよ、監督。嫌われとるもん」そしたら、「そやな」と笑ってました。本人、わかってるんですね(笑)。

 そのあと、僕がわざと大きな声で、「おおい、あいさつせん言うて監督が怒っとるぞ!」と言ったら、何人かが寄ってきた。そしたらノムさんもうれしそうでね。かわいいじゃないですか。

 南海とはモメにモメて、今や「ヤクルトの野村」のイメージが強いけど、OB戦のことや、対談で南海時代の思い出を話す姿を見てると、「南海の野村」に戻りたかったんじゃないかな。

 ヤクルト時代に「ID野球」やら孔子の言葉やらで監督としての野村克也が一気にクローズアップされた。でもその「監督術」だって、南海時代に培ったものでしたからね。一度、本人に聞いてみたかったですね。

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