帚木蓬生(ははきぎほうせい)の「守教(しゅきょう)上・下」(新潮社)は読むのが怖かった。テーマは戦国期から開国に至るまでの日本のキリシタンが歩んだ道だ。キリシタンといえば、迫害、拷問、処刑など恐ろしい言葉と直結する。いい話にはとてもなりそうにないよな‥‥。
しかし、読んでみるとイメージがかなり違うのである。確かに禁教令以降、迫害が厳しい地域では宣教師や信徒たちが棄教を迫られ、拒むたびにひどい拷問を受ける。爪をはがすなど序の口で、逆さづりにして頭に上った血を抜くため、頭に穴をあけたなんて記述を読めば、背筋が寒くなる。処刑もすさまじい。
だが、それ以上に心に残るのは、集落一丸となって必死に信徒であることを隠し、信仰を続けた人々の姿である。そうだった、これは「守教」だったと思いだす。
キリシタンの話で必ず出てくる「踏み絵」にしても、この「守る」信徒たちは平然と踏んでやりすごす。しかも、罪悪感ゼロ。それには信仰している者だからこその理由があるのだが、「踏み絵」を強要する「大公儀」は、その理由にまったく気付いてもいないのである。
イケメンキリシタン武将といわれる高山右近(たかやまうこん)(NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」(14年)では生田斗真が演じた)は、信仰を捨てないため日本を離れ、マニラで亡くなった。領地が命のはずの戦国武将がなぜ? ずっと疑問だったが、その理由もやっとわかった気がする。
何かと話題の20年大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の主人公・明智光秀。出生地も生年も定かでなく、謎に包まれるこの人物の生涯を描いたのが、岩室忍の「天狼(てんろう) 明智光秀 信長の軍師外伝上・下」(祥伝社文庫)。この光秀は美濃の名門・土岐源氏の血を引き継ぎ、心の裡(うち)には狼を宿す男とされる。
城主になるより、さらなる飛躍のため、諸国を歩く若き日の光秀。堺の町のにぎわいに驚き、各地の有力武将たちの兵法治世を吸収した彼は、やがて織田信長と出会う。
重要な存在となるのが、光秀を見出した美濃の碩学(せきがく)・快川紹喜(かいせんじょうき)だ。臨済宗妙心寺派の最高位を務めた快川は、武田を滅ぼした信長に恵林寺で焼き殺される。恩師を奪われた光秀の中でついに狼が‥‥。
本能寺の変が、なぜ起きたのか。光秀にどんな思惑があったのか。
日本史最大のミステリーともいわれる事件については、怨恨説、野望説、中には黒幕に足利将軍がいたとか、秀吉にまんまと乗せられたとか、本当にいろいろな説がある。作者には、快川の兄弟弟子で、信長を育てた沢彦宗恩(たくげんそうおん)が登場する「信長の軍師」シリーズがあるが、生真面目な秀才、光秀が信長の暴挙に怒った、という解釈には私は初めて接した。快川の辞世の一部が有名な「心頭滅却すれば火もまた涼し」だと知った時には、なんと肝の太いすごい僧なのだと驚いたが、それだけの人物ならば、光秀に大きな影響を与えた可能性は高い。本能寺の変の真の黒幕は亡き高僧!?
大河ドラマの解釈と比較して読み進めるのも楽しいと思う。
「守教 上・下」帚木蓬生・著/新潮社/各1760円
「天狼明智光秀 信長の軍師外伝 上・下」岩室忍・著/祥伝社文庫/上946円 下924円
選評:時代劇研究家 ペリー荻野
62年生まれ。愛知県名古屋市出身。時代劇研究家、コラムニスト。大学在学中から中部日本放送(CBC)の深夜放送のパーソナリティー兼作家を務める。雑誌・新聞などで多数コラムを連載。平成30年日本民間放送連盟賞テレビドラマ部門審査員。「脚本家という仕事 ヒットドラマはこうして作られる」など著書多数。