年末年始に読み漁りたい傑作「時代小説」5冊(1)女料理人の成長物語

 2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」で注目の明智光秀、黒木華主演で好評を博した人情時代劇「みをつくし料理帖」など、時代劇研究家のペリー荻野氏が話題の時代小説5冊をセレクト。令和最初の年末年始は、これを読んで至福の時を過ごしてみてはいかがだろうか。

 年末年始は時代劇と時代小説のシーズン! 2019年は約10年ぶりの忠臣蔵映画「決算!忠臣蔵」も公開されて話題になった。中村義洋監督が書き上げた小説版と映画を読み比べるのも楽しいが、ほとんどの登場人物が関西弁で話すというのにはびっくり。大石内蔵助(堤真一)が「3月14日吉良を討つ!!」と宣言すると、藩の元役方(もとやくかた・経営)の貝賀弥左衛門(かいがやざえもん・小松利昌)が「3月まで持ちまへんで」と言い出し、内蔵助は「なんでやねん!!」と目をむいて倒れそうになる。観てるこっちも倒れそうだった。

 関西弁といえばもうひとつ。7月に発表された直木賞は大島真寿美さんの「渦妹背山婦女庭訓魂結(ういもせやまおんなていきんたまむすび)」が選ばれた。主人公の浄瑠璃作家・近松半二(ちかまつはんじ)の心情や人とのかかわりを全編上方の言葉で綴る。そういうやり方もあるんだ、と感心した。

 さて、お薦め時代小説の一本目も大坂と関係ある髙田郁の「天(そら)の梯(かけはし) みをつくし料理帖」(ハルキ文庫)。17年に黒木華主演でNHKでドラマ化され、この年末もスペシャル版前後編が放送されるなど、映像作品としてもすっかりおなじみになった江戸の味と人情たっぷりの物語。取り上げたのは、その完結編である。

 わけあって江戸に出てきた大坂生まれの女料理人・澪(みお)は、娘を亡くした蕎麦屋「つる屋」の主人・種市に板場を任され、美味い料理を作ろうと奮闘する。

 しかし、上方では好まれた戻り鰹が初鰹好きの江戸っ子には敬遠されたり、老料亭「登龍楼(とりゅうろう)」に妨害されたりと苦難が続く。

 グルメな武士・小松原、いつも助けてくれる町医者・永田源斉(げんさい)、澪の恋模様も気になるが、彼女の心にはいつも幼なじみの野江(のえ)の存在がある。澪と同じく水害で天涯孤独の身となった野江は、今は吉原「翁屋(おきなや)」のあさひ太夫として生きている。この最終巻では、「食は人の天なり」という源斉の言葉を受け、いよいよ澪が自分の道を歩き出す。なんと四千両もの金を捻出し、あさひ太夫を身請けしようと決心するのである。

 ドラマでも「はてなの飯(甘辛く煮た鰹の握り飯)」「とろとろ茶碗蒸し」「三つ葉のかき揚げ」「ふきご飯」などが紹介されて人気だったが、最終巻にも美味いものがたくさん出てくる。「葛(くず)の水せん」「恋し栗おこし」、安価な浅蜊(あさり)の炊き込みご飯や魚の切り漬けも、読んでるだけで香ばしい香りが感じられるようだ。

 読者には、料理名「親父泣かせ」がお薦めかも!? 澪が江戸に出てくるきっかけになった事件に、ある食材が関係していて、黒幕と食材自体の正体を探る追跡も興味深い。

 筆者の飾らない表現は、そのまま澪の性格のようで、読んでいてほっとする。貧しい徒士(かち・下級武士)たちのために澪が丹精した麦飯弁当のエピソードには泣かされた。

 そして、クライマックス。あさひ太夫を誰がどうやって身請けするのか。澪が度胸と知恵を発揮する顛末は痛快な〝お仕事ドラマ〟。彼女を見守る人々の列に自分も加わった気になる。ほのぼのと幸せになれる一冊。

「天の梯 みをつくし料理帖」髙田郁・著/ハルキ文庫/682円

選評:時代劇研究家 ペリー荻野

62年生まれ。愛知県名古屋市出身。時代劇研究家、コラムニスト。大学在学中から中部日本放送(CBC)の深夜放送のパーソナリティー兼作家を務める。雑誌・新聞などで多数コラムを連載。平成30年日本民間放送連盟賞テレビドラマ部門審査員。「脚本家という仕事 ヒットドラマはこうして作られる」など著書多数。

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