中国の「過剰輸出」を阻止せよ!日本製鉄、USスチール買収の核心的意義

 日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収がようやく決着した。

 中国の過剰輸出に世界の鉄鋼メーカーが苦悩していた2023年末、日本製鉄は「成長力を取り戻し、新たな時代の健全なグローバルネットワークをつくる」としてUSスチールの買収計画を発表した。

 計画発表後は苦難の連続だった。全米鉄鋼労働組合の反発、米政府との交渉、そして決断を引き延ばした末に「中止命令」を出したバイデン大統領を相手取った行政訴訟にまで発展した。

 一連の動きの背景には、失われつつある「鉄鋼王国」の栄光を惜しむ米国労働者の失望と怒りだけでなく、国家を冠した企業が外国に買収されることに対し、一般の国民が“米国の黄昏”を感じていた。こうした状況の中で、日鉄はUSスチールの完全子会社化を目指して執念を燃やした。中国の過剰輸出に苦しみ、鉄鋼産業の存続に危機感があったからだ。

 鉄鋼は産業革命以降、世界で基幹産業であり続けている。明治維新で近代化を目指した日本は「鉄は国家なり」として、1901年に官営の八幡製鉄所を設立した。戦艦大和を生みだし、世界最高品質の鉄鋼生産を誇った。焼け野原となった戦後の日本を復興へ導いたのも鉄鋼産業である。

 ハイテク産業の登場で重工長大産業に往時の勢いはないが、依然として産業界の大黒柱であることに変わりはない。しかし、ここ数年間、日本を含む世界の鉄鋼産業は中国の過剰輸出により、シェアを奪われ続け、鉄鋼各社の経営が危うくなっていた。

 世界鉄鋼協会によると、2023年の世界の粗鋼生産量は18億8800万㌧。このうち中国10億1900万㌧と半分以上を占め、以下、インド1億4000万㌧、日本8700万㌧と続く。

 2000年代まで中国には100を超す鉄鋼会社があり、生き残りをかけた激しい競争のなかで合併と淘汰を繰り返し、現在では世界を相手にする大手6社に再編された。ところが、中国の鉄鋼産業の歴史を振り返ると、鉄鋼生産とは無縁の国だったことに驚かされる。

 毛沢東による建国(1949年)後、世界最貧国からの脱却を目指し、鉄鋼産業の育成こそが最善の策とばかりに、中国全土で熱狂するように土高炉による鉄の生産に挑んだ。農耕用のスキや鍬、煮炊きする鍋釜を溶かしたて鉄を生産するという粗悪な取り組みで、これが数千万人を餓死に至らしめた悪名高き「大躍進政策」である。

 その後1970年代、改革解放政策を打ち出した鄧小平の要請に応じ、日本製鉄が宝山製鉄所に資金と技術を提供。中国の鉄鋼産業発展の礎を築いたことは、山崎豊子の小説「大地の子」にも描かれている。

 要するに、日本の生産技術と経営ノウハウを取り入れて大成長した中国の鉄鋼産業が、現在では日本を含む主要国の鉄鋼産業を脅かすほどの過剰輸出を行っているのだ。

 しかし、USスチールの買収により、日鉄は中国の製鉄産業と真っ向勝負する態勢をととのえた。安値攻勢の中国に対して、インド工場をインドおよび新興市場向けにより有効に活用でき、品質重視の米国やEU市場で戦えるようになる。日本市場では高級鋼板から建築資材まできめ細やかな対応が可能となったのだ。

(団勇人・ジャーナリスト)

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