入門マニュアル「シニア再就職のリアル」〈介護ヘルパー〉(3)コツは無色・無欲・無心

 一般企業では、採用試験で振り分けられ、知識や教養、生活レベルなどの似たような人間が集約される。ところがデイサービスの従業員は、人手不足もあって種々雑多だ。一流企業の元管理職もいれば、起業のための下見という銀行員もいる。子育てを終え、暇なのでボランティア代わりという上流婦人もいれば、遊び人風の中年男もいる。それぞれの背負っている人生が違うから価値観も異なる。だから一度、それぞれの糸が絡み合うと、厄介なことになる。

 そこで僕は3つの〝無〟を推奨したい。

 まずは「無色」だ。中高年になると、それぞれに独自のキャリアを持っている。エンジニアならば「メカにはうるさい」、料理人なら「食い物のことは任せてくれ」と‥‥。でも、それが出てくると面倒なことになる。介護の仕事は家事の延長にあることが多く、プロの出る幕はない。だから常に無色でいるべきなのだ。

 次に大切なのが「無欲」。

 正直な話、介護の仕事の報酬は安い。時給950円で始まった僕の給料だが、約5年後に辞める時に1000円を超えていなかった。だいぶ変わったと聞くが、やはり業界の体質は変わっていないだろう。同じ教室で学んだうちの何人かが、ホームヘルパーの派遣施設を起業したが、いい話は聞こえてこない。金儲けしたいなら、ほかの業種を選ぶことだ。

 最後に贈りたいのは「無心」という言葉だ。

 中高年で介護の仕事に飛び込んでくる人間は、様々である。吹聴したくなる職歴の人間もいれば、訳ありの者もいる。お互いの腹を探り合い、過去を掘り出そうとすると、ドロドロの争いになりかねない。

 昔から人の話で面白くないのは「自慢話」「苦労話」「病気の話」で、面白いのが「失敗談」と言われるが、価値観の異なるこの職場では、失敗談もご法度だ。話の聞き方によっては、経歴自慢になりかねない。

 僕の好きな言葉に「気に入らぬ、風もあろうに、柳かな」というのがある。どちらの風にも枝葉は吹かれる。でも根っこだけはびくとも動かないよ。まさに無心の極致だ。

 皆さん、頑張ってください。

夏樹久視:1947年東京生まれ。週刊誌アンカー、紀行作家、料理評論家などを経て推理作家に。母親の認知症を機に、65歳でヘルパー2級の資格を取得、約5年間、デイサービスでの就業を経験する。

*「週刊アサヒ芸能」9月15日号掲載

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