入門マニュアル「シニア再就職のリアル」〈タクシードライバー〉(1)空車の際に迷ったら左折

 異業種への転身でも、運転さえできれば比較的入りやすいとされるのがタクシードライバーである。自己負担なく二種免許が取得できたり兼業も可能だという実態について、乗車歴10年弱のフリーランスライターが指南する。

 時代が平成に入った直後。書籍&雑誌の編集プロダクションに勤務していた私は、結婚資金を貯めるため2年間ほどタクシー業を兼務した時期があった。

 タクシードライバーになるには普通二種免許を取得せねばならず、約20万円かかる費用は会社が負担してくれる。2年間勤めると、その費用を返済せずに済むため期限を設けたのだ。

 1カ月ほど編集プロダクションを休み、タクシー会社が指定する教習所に通って二種免許を取得。この間、1日7000円の日当も会社が支払ってくれた。

 入社したのは東京都内の、自宅から30分ほどで通える会社だった。都内でドライバーとなったのは、日本で一番稼げるエリアだからだ。港区を中心に千代田区、中央区、渋谷区、新宿区など業界用語で〝中〟と呼ばれる地域は道端に客が立っている。いわゆる〝流し〟が可能となるため、実車率(走行距離に対する乗車率の割合)が高まるのだ。

 地方都市の場合、駅や病院での〝付け待ち〟が主流となり、客を降ろした帰りに乗せることが難しい。昼間の1時間あたりの売上は都心が4000円平均なのに対して、地方都市は3000円弱。会社の取り分を引いて、時給換算で500円ほど違ってくる。

 二種免許を取得して地理試験に合格すると、ベテランドライバーが3乗務ほど助手席で指導してくれた。客を乗せやすいスポットや空車時の流し方、深夜の走り方などを教えてもらう。「空車の際、迷ったら左折をしなさい。右折だと対向の左折車に客を奪われてしまうからね」「空車の際は、平日は皇居に向かい、土曜日は山手線に沿い、日曜日は皇居を背にして走るのがいいよ」などと丁寧に教えてもらった。

 同時に編集プロダクション業務をバイトとした。タクシーの場合、新人は隔日勤務(1日働いて翌日休み)となるため、勤務した翌日の夕方から5時間、編集の補助業務をしたのである。何よりも原稿を書くのが好きなため二足の草鞋を履くことにした。

 当時は今のようにカーナビもなく、新人には道がわからないケースも多かった。ドキドキしながら「新人なもので道に詳しくないのですが、AからBへ進むルートでよろしいでしょうか?」と尋ねると、ほとんどの乗客が「それでお願いします」と返してくれた。こうしたやり取りは「客とのコミュニケーション」のきっかけとなり、時には会話も弾んだ。降りる際に「頑張ってね」とお釣りを受け取らない方も数名いた。

 1カ月もすると慣れてきて、タクシー業務が楽しくなり、3カ月もすると月給は40万円ほどになっていた。

*入門マニュアル「シニア再就職のリアル」(2)に続く

後藤豊:1966年千葉県生まれ。20代より野球・競馬雑誌編集者をつとめ、現在はフリーランスの編集&ライター兼タクシードライバー。

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