盗塁王13回、シーズン歴代最多となる106盗塁、通算盗塁数1065と輝かしい記録で「世界の福本」と呼ばれた球界のレジェンド・福本豊が日本球界にズバッと物申す!
開幕がいつになるかわからないけど、逆境でこそ差が出てくると思って、選手たちには頑張ってほしい。この期間を有効活用できる選手は強い。ただ単に打って、走って、守るだけでなく、頭の整理や相手の研究に費やせる時間もあるはず。例えば、足の速い選手なら、相手投手の牽制の癖を見つけることにもトライしてほしい。
僕の場合、癖を見破るおもしろさに気づいたのは偶然やった。まだレギュラーに定着してない頃、友人に試合の様子を8ミリカメラで撮影してもらった。プロで試合に出られるようになったから、記念にフィルムに残しておこうというだけのことやった。たまたま投手が近鉄のエース・鈴木啓示、僕が一塁ランナーで映っていた。食事しながら何気なく見ていると「あれ?」となった。「何か違うぞ」と。巻き戻してもう1回見ると、やっぱり違う。牽制する時と、打者に投げる時の顎の角度が違っていた。「これは使えるぞ」と、うれしくなったものだ。
実際の一塁走者として鈴木啓をチェックすると、もっと簡単な違いに気づいた。目が合えばホーム、合わなければ、牽制。「こんな簡単なことやったのか」と気づくと、盗塁がタダになった。鈴木啓だけでなく、実は左投手のほうが走りやすい。ランナーと正面で向き合っているから、いろんなところに癖が出てしまう。現役時代は「左投手は難しい」とウソをついていた。ほんまは楽勝やった。
鈴木啓の癖を見破ってからはおもしろくなって、他チームのエース級からも次々と癖を見つけた。なくて七癖、直そうと思ってもなかなか修整できないもの。だからある年のオフ、東尾に「癖をわかっているなら教えてください」と頼まれた時は「いいよ」とあっさり教えてあげた。次の年に逆手に取られて、牽制アウトになった時は「しまった」と思ったけど。きっちりと癖を直してきたのは、さすがやった。でも、また違う癖を見つけて走れるようになった。それでもボーク覚悟のルールすれすれの牽制をしてきたり、走りにくい投手やった。
それと、癖というのは何も形だけでない。リズム、呼吸の仕方にも人それぞれ違いは出る。それに気づいたのは、南海の野村監督がクイックで投げさせるようになってからやった。当初は走るのが難しくなったと困っていたけど、クイック投法にも各投手のリズムが違うことがわかってからは楽勝になった。簡単に言うと、構えてから「1、2」の呼吸でホームへ投げる投手は、「1、2の3」では投げられない。勝負は足を上げる寸前。足を上げてからスタートを切っていては遅い。「足を上げますよ」というタイミングで走れば、投手は途中でフォームを止められない。スタートが決まれば、捕手の肩がいくら強くてもアウトになることはない。
走者のスタートもタイミングが重要ということ。打者はどれだけスイングが美しくても、タイミングをとるのが下手やったら、成績は残せない。走者も一緒。どれだけ足が速くても、相手投手の足を上げるタイミングを計るのが下手なら、盗塁の成功率は低くなる。タイミング音痴はこの世界では通用しない。
でも捕手に言わせたら、走者にも走る時は癖が出ているという。プロの勝負はコンマ1秒。ミリ単位で決まるということやね。
福本豊(ふくもと・ゆたか):1968年に阪急に入団し、通算2543安打、1065盗塁。引退後はオリックスと阪神で打撃コチ、2軍監督などを歴任。2002年、野球殿堂入り。現在はサンテレビ、ABCラジオ、スポーツ報知で解説。