「老後のお金」を心配するのもわかるけどいの一番に考えるのは「住まいの問題」だ/佐藤治彦「儲かる“マネー”駆け込み寺」

 住まいは生活の場であり、楽しいことも悲しいことも、みずからの居場所として人生に染み込んでくる。しかし、時にそれが人生をやっかいにすることがある。

 私の知人の山本さん(仮名)は60歳近い会社員。首都圏で駅から車で10分ほどの公団住宅に住んでいて、ローンはすでに終わっている。今は美人の愛妻と32歳の長男と同居しているのだが、山本さんの心配は「老後の生活資金の確保」ということで、私のところに相談に来た。

 もちろん老後の資金は大切だが、住まいについて聞いたところ「それは心配ない」と言う。しかし気になったので調べてみたら、ほぼすべてのことで合格点だった。でも、決定的な欠点があった。4階建ての4階に住んでいるのだが、エレベーターがないことだ。

「若い頃は階段の上り下りも苦ではなくても、これから10年、20年と続くとなると、どうなるかを想像してほしい」と言うと、すでに愛妻に問題が起きていることがわかった。

「妻は最近、外に出ることが億劫になり、特に用事がないかぎり、ほとんど家にいます。外出するのは週末、私が運転する車で大型ショッピングセンターへ買い物に行く時ぐらい」

 そりゃそうだ。1人で買い物に行って、たとえ安いバーゲン商品を見つけたと喜んで帰って来ても、その荷物を持って4階まで登らなくてはならない。時には重たい物もあるだろうし、女性にとっての楽しみの一つである買い物が苦痛になってしまう。これから年齢を重ねれば、その傾向は強まるはずだ。

 そして、家から出ないため「人とのつきあいもどんどん減っている」そうなので、それもよくないと指摘したら「10年後、70歳ぐらいになったら引っ越しを考えます」と言う。

「それまで奥様を、ほとんど外出しない生活のままにしておくんですか?」

 そう言ったら、山本さんは黙ってしまった。

 今の住まいは若くて元気な人にはいいだろう。だが、これから年金生活に入る山本さんには向かない。これから10年後の生活がどのようになってしまうか、心配でたまらない─。

 もう一人は藤田さん(仮名)だ。会社員生活を終えて、すでに年金生活に入られている方だ。

「公的年金だけでは足りないので、投資について教えてほしい」と言って来た。

 藤田さん夫婦には子供がいなくて、親戚づきあいもあまりない。藤田さんは数年前に大病をしているため老後の生活と医療費も心配なのだ。「もしかしたら、老人ホームなどに入居することが必要になるかもしれない」という。

 お金の心配はわかるのだが「今あるお金を増やそうとするのではなく、持っている資産をもう少し考えたほうがいい」と話した。

 何しろ品川区に100坪の駐車場があり、荒川区に120坪の一戸建てという恵まれた不動産の持ち主。その不動産は少なくとも3億円の価値はある。

「ただ、貯蓄は500万円で年金は夫婦で月18万円。なので、慎ましい生活をして、足りない分は貯蓄を切り崩して生活している。それが減っていくのでお金を増やしたいんです」

 駐車場を売って現金にすることを勧めると、

「まだ土地は上がりそうだし、売ると税金を山ほど取られるから嫌なんです」

 人生は永遠には続かない。「体が丈夫なうちに現金にして少し贅沢したほうがいい」と勧めても「そんなことより、お金を増やすことと節約の方法が大事。いざとなったら売るから大丈夫」だと言う。

 住まいや不動産を売却するのは多くのストレスになる。年齢を重ねるほど億劫だし、大仕事にもなる。しかし、老後の住まいの見直しは、いい人生を送るために「いの一番」に考えるべきことだと思うのだ。

佐藤治彦(さとう・はるひこ)経済評論家。テレビやラジオでコメンテーターとしても活躍中。最新刊「新NISA 次に買うべき12銘柄といつ売るべきかを教えます!」(扶桑社)発売。

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