5月12日の夜に驚きのニュースが飛び込んできた。スイスで行われていた米中高官協議で、4月初旬から実質的に米中間の貿易関係をほぼ不可能にしていた100%を超える追加関税を止めることに合意したのだ。
今後も協議は続くが、アメリカは中国に対して145%の追加関税を30%、中国はアメリカに対して行っていた報復関税125%を10%と、互いに115%も引き下げる。
世界に対して追加関税を行って、アメリカの国内産業を復活させるというトランプ大統領の“経済のケンカ”。その最大の相手国は中国だが、今やどちらが不利なのかは明らかだ。
中国も不動産不況から経済の低迷が続き、貿易が経済立て直しの大きな柱ではある。だから、トランプ大統領が仕掛けた貿易戦争を長引かせたくないという背景はある。しかし、第1期トランプ政権時(2018年)の激しい貿易戦争の経験から、中国は多くの国々との経済関係を積極的に切り開いて、今回の事態に備えていた。
トランプ大統領はそうした現状判断を見誤り「関税で脅せば中国はすぐに折れるだろう」と高をくくり、貿易戦争を仕掛けたつもりだったが、返り血を浴びることに。ダメージが大きいのはアメリカ自身であることが明らかになると、米国議会の中間選挙が近づく中、トランプ大統領の支持率は急低下してしまった。中国だけでなく、同盟国を含む世界中に対して追加関税を課して大混乱を招いたため、国としての威信をも傷つけてしまったのだ。
特に4月上旬、世界に向けて発表した相互関税の一部を、たった13時間で一時停止に追い込まれる失態は、世界中を呆れさせた。
トランプ大統領が1月に就任してからアメリカの株価は低迷し、4月には暴落までしたものの、トランプ大統領は「今が最高の買い時だ!」とSNSに投稿するなど、株価の下落を意に介さない様子だった。しかし、4月は株安だけではなく、米国債売りとドル売りが同時に起こるトリプル安となり、そのとたんに矛を収める方向に動いた。
どうしてか?
通常であれば、たとえアメリカの株式が売られて株価が下がっても、売られてできたお金の多くは米国債の購入に流れるのが一般的。つまり、世界から集まったお金は、常にほぼアメリカ国内に留まるものだった。それが今回はアメリカからお金が出て行ってしまった。そのお金はドイツやスイス、一部は日本にも流れ「それは困る」と、トランプ大統領は振り上げた拳を13時間で下ろしたのだ。
特にアメリカ政府にとって米国債が売られるのは死活問題。国債を売って政府は政治を行うために必要なお金を集めている。その米国債が売られ、お金が集めにくくなるのは国の信用問題である。
そして、金利が高くなることも意味する。政府はお金を借りるのに高い利息を払わなくてはならなくなり、高金利は経済を冷やすことにもなってしまう。なので、米国債が売られて金利が高くなることは避けたいのだ。
アメリカの国債は、その35%を外国に買ってもらっている。アメリカの本音は「外国が所有する米国債は、できるだけ長く持っていてほしい。万が一、売るにしても、市場に混乱のないように配慮してもらいたい」。それがアメリカの経済と政治のために必要だ。
では、どの国に国債を買ってもらっているのか? 中国は2位、3位は貿易交渉が真っ先にまとまったイギリス。そして、ダントツの1位は日本だ。
だから、加藤財務大臣がテレビで米国債の扱いについてコメントしただけで、瞬時にアメリカで大きく報道される。トランプ大統領は世界中に経済のケンカを売ったことによって、反対にアメリカ最大の弱点を世界中にさらしてしまったのかもしれない。
佐藤治彦(さとう・はるひこ)経済評論家。テレビやラジオでコメンテーターとしても活躍中。最新刊「新NISA 次に買うべき12銘柄といつ売るべきかを教えます!」(扶桑社)発売。