佐藤優「ニッポン有事!」国家総動員体制の日本に似たプーチン大統領「教育と国益」論

 1月25日はモスクワ国立大学の創立270周年の記念日だった。筆者は日本外務省の研修生として1987年9月から88年までこの大学の言語学部でロシア語を研修した。実際は言語学部にはほとんど顔を出さず哲学部科学的無神論学科に通っていた。ここで知り合ったアレクサンドル・カザコフ君(愛称サーシャ)は生涯の友人になった。

 当時、サーシャは反体制活動家でラトビア人民戦線を創設し、ラトビアのソ連からの独立運動に従事していた。当然、KGB(ソ連国家保安委員会=秘密警察)から目をつけられていた。ラトビアは独立達成後、ラトビア人優先政策を取るようになり、ロシア人は二級市民のような扱いを受けた。サーシャはそれに異議を申し立て、ロシア人の権利擁護運動を展開した。

 ラトビアの警察は2004年にサーシャを逮捕し、「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましくない人物)」に指定し、ロシアに追放した。サーシャの能力と胆力にクレムリン(ロシア大統領府)が目をつけた。現在、サーシャはプーチン政権与党「公正ロシア」の幹部会員(非議員)で政治学者としても活躍している。モスクワ大学にはサーシャをはじめ天才肌の人材が何人かいた。

 プーチン大統領は、1月24日にモスクワ大学を訪れて演説をした。そこで大学の活動においては国益を重視すべきであると強調した。

〈モスクワ国立大学、さらには国内の他のすべての高等教育機関の研究者、教師、大学院生、学生の活動は、まず第一に国家発展目標に焦点を当てるべきです。その中でも特に、ロシアの技術的リーダーシップの達成が最も重要な目標であることは疑いありません。モスクワ国立大学は、化学、物理学、生物学、そしてもちろん数学を含む、最も強力な基礎学部を擁しています。この大学には膨大な知的潜在力があり、他に類を見ない研究と教育の能力がここに集中しています。この資産を高度な水準で統合し、国内の経済や産業の発展に寄与させる必要があります〉(1月24日・ロシア大統領府HP、ロシア語より筆者訳)

 プーチン大統領は、数学、物理学、化学、生物学などの基礎研究は大学で行い、軍事を含む応用研究は科学アカデミー傘下の研究所や軍産複合体の研究所で行うという棲み分けをせよと説いている。軍産複合体との共同研究を大学で行うようになると、基礎研究が疎かになることを懸念しているのだと思う。

 人文科学系に関しては、愛国心を強調する。

〈人文科学系の学部には、ロシアの価値ある主権を強化し、国家のアイデンティティを維持することに貢献し、歴史的真実を擁護し、わが国民の文化や文学の多様性や深さを、科学的根拠に基づいて普及させる上で重要な役割が期待されています。このような価値基盤を確立することは、若い世代の育成や社会全体の発展にとって極めて重要です〉(同上)

 高等教育は国家を強化するために行うという方向を明確にしている。プーチン大統領の教育戦略は、国家総動員体制下の日本の大学教育を髣髴させる。

佐藤優(さとう・まさる)著書に『外務省ハレンチ物語』『私の「情報分析術」超入門』『第3次世界大戦の罠』(山内昌之氏共著)他多数。『ウクライナ「情報」戦争 ロシア発のシグナルはなぜ見落とされるのか』が絶賛発売中。

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