馬の臀部の革で作った名刺入れはなぜ高価なのか/山中伊知郎「あなたの知らない“原価”の世界」

《今回のお値段「革製名刺入れ」:材料原価2000〜3000円くらい(手作り製品 1万5000〜3万円前後)》

 就職祝いの贈り物として、今でも人気があるのが「名刺入れ」だ。ネット社会の現代でも、やはりビジネスの現場で名刺交換は必須。人生の先輩たちが、新たな職場にはばたくフレッシュマンたちに名刺入れを贈ることは、いまだに珍しくない。そして、プレゼントするにふさわしいものといえば、やはりプラスチック製やアルミ製などよりも、革製の製品に人気は集まる。ある革製品の業界関係者が解説する。

「名刺入れの注文は、だいたいクリスマス過ぎたあたりから増えて、4月くらいまで続いて、梅雨時にはまったくなくなります。就職時期向けの季節商品ですが、新人向けだけではなく、人事異動で転勤される方向けの需要もけっこうあります」

 さて、そこで制作にかかる原価となると、どれくらいなのだろう? 通常の名刺入れだと、A4サイズ1枚分の革があれば、それを断裁、加工して作れる。一般的なのは牛革で、このA4・1枚分が2000〜3000円くらい。「半裁」といって、牛一頭の半分の革をまとめて仕入れたりすれば、その半額くらいになったり、大量生産品になると、数千頭分をまとめて仕入れて、さらに単価を抑えたりすることも。最も半裁した革すべてが使えるわけではなく、背中の部分などは繊維が細かすぎて、ベルトなどには大丈夫だが、名刺入れなどに加工するのは難しいとか。

 他にはヤギ、馬の革を使うこともあるが、こちらは2〜3割は安い。なぜか馬は、お尻の革だけが高額で、名刺入れクラスでも、完成品は牛革の4〜5倍くらいしたりする。さすがにワニなどは価格が高すぎるし、硬くて加工が難しいので、名刺入れにはほぼ使わない。

 あと、利用する糸はほつれないように中心部が接着加工されたりしているものの、価格としては100メートルで1000円前後。名刺入れ1つ作るなら100円分くらいで済む。財布や小銭入れと違い、ボタンやファスナーはつけなくていい。

 結局、材料原価だけなら3000円以下のものだが、手作りの職人が手がけたものなら小売価格は1万5000〜3万円くらいにはなる。前出・業界関係者によれば、

「丁寧に作れば、1個で1日半はかかりますからね。例えば『コバ』と呼ばれる革を断裁した側面のところの仕上げとか、大量生産だと、顔料を塗るだけで簡単に済ませたりするんです。が、ペーパーかけやロウ磨きなど、手間をかければかけるほど完成度も高くなる。ある程度、値段が高くなるのは仕方ないですね」

 もっとリーズナブルなものを、と選べば3000〜5000円くらいの大量生産品もたくさんあるが、名刺入れはビジネスマンの「顔」の1つ。よりよい手作りのモノを、と考える人も少なくないのだ。

山中伊知郎(やまなか・いちろう)名刺入れは持ち歩かず、もっぱら財布の中に名刺を入れて歩いている。肝心の財布が古くてボロボロで、カネを出そうとすると、よく名刺やカードが破れた隙間から落ちる。

マネー