大陸を横断する長距離フライトや、日本列島を縦断する夜行バスの旅でアラート発令! 狭い座席に座りっぱなしは絶対にダメである。体がバキバキに凝り固まってしまうのは序の口。最悪の場合、下肢の違和感が呼吸困難を招いてしまうかもしれないのだ。
エコノミークラス症候群–。その通名を誰もが一度は耳にしたことがあるはずだろう。しかし、正式な病名や症状を説明できる人は少ないと思われる。福岡県宗像市にある「林外科・内科クリニック」の林裕章理事長が解説する。
「車中などの狭い空間で長時間にわたり同じ姿勢を続けてしまうと、脚の深部にある静脈に血栓(血のかたまり)ができてしまうことがあります。それが血液の流れのままに体の中を上昇し、ゴールに位置する心臓の手前、肺の毛細血管を閉塞させてしまう可能性があるのです。脚にできた血栓が肺に詰まると、酸素の取り込みが阻害され、胸痛、呼吸困難、失神などの症状が現れます。この『深部静脈血栓症』と『肺塞栓症』が続けて起こることをエコノミークラス症候群と呼びます。重症の場合は突然死につながる侮れない疾患です」
なんと、脳卒中や心不全と並列する「三大致死的な循環器系疾患」なのだ。
「ふくらはぎや脚の表面にある静脈に血栓ができても大きな問題にはなりにくいのですが、下腹部、太もも、膝の中心を走る深部静脈に血栓ができると重症化しやすい」
その症状は、主に片方の脚のみに現れることが多いという。
「発赤、腫脹、痛みなどの症状が現れます。この時点で医療機関を受診する必要があります。ちなみに混同されがちなのが、運動による脚のむくみ。たまのジョギングで太ももやふくらはぎがパンパンに張るのは乳酸が原因です。筋肉が疲労することにより血流が滞り、水分が脚の組織に溜まりやすくなります。いずれも、血流にかかわる問題ですが、メカニズムは大きく異なります」
では、どのぐらいの時間を同じ姿勢でいると発症リスクが上がるのだろうか?
「4時間以上座ったまま動かないのは危険です。リスクが通常の2倍に跳ね上がります。飛行機や夜行バスの利用者は、合間に足の指をこまめに動かしたり、1時間に一度はかかとの上下運動を30回程度したりと、同じ姿勢でいないように努めましょう。ゆったりした服装も効果的です」
同じく、災害時にも用心を怠ってはならない。
「東日本大震災や熊本地震における避難所や車中泊で多くの人が発症したケースが報告されています。長時間座ったり、横になったままでいたりしたのが原因のようです。特に『抗凝固剤』の服用ができなくなった高齢者は注意が必要です」
もっとも、日常生活の中にも危険因子は潜んでいて、
「長時間のデスクワークや長距離のドライブでも休憩を挟むようにしてください。長時間の会議や映画鑑賞も同様です。脚の痛みやむくみを感じて医療機関で検査をしたら『深部静脈血栓症』だったというケースはままあります。特に食事や飲み物を補給せずにぶっ通しでやりがちな人は注意が必要。水分不足によって血液が濃くなり、血栓ができやすい状態になってしまいます」
こまめな休憩と水分補給が求められるのだ。
シニア世代の場合は運動不足も大敵となる。
「普段から歩く習慣がない人が座りっぱなしだと、血液の循環が悪化してしまいます。ただでさえ、コロナ禍でステイホームを強いられたままに出不精になった人は気をつけてください。特に脚の筋肉を使わないと血流が停滞しやすくなりますからね」
かといって、外出時に立ちっぱなしなのも問題で、
「座り続けるのと同じで、立ち続けるのも体には毒。脚に負担がかかる状態が続くのも、血栓を作るリスクを高めてしまいます」
とりわけ、発症リスクの高いのは「下肢静脈瘤」がある人だ。
「脚の表面にある静脈の病気。静脈にある血液の逆流を防ぐ弁が壊れることで、コブのように浮き出てきます。直接的な関係こそありませんが、『深部静脈血栓症』の患者さんを検査すると、健康的な人よりも『下肢静脈瘤』を患っている方が多い」
肥満体も御多分に漏れずで、
「太り過ぎだと、骨盤静脈や脚に高い圧力がかかりやすいだけに血栓ができやすい。また妊娠中や出産直後の場合も、骨盤の下の静脈内の圧力が増すことで、血液の濃度が濃くなってしまいリスク大。その他、外傷や骨折の治療中の方、手術を受けたばかりの方、下肢に麻痺がある方、ガンの方、慢性の心肺疾患や自己免疫疾患のある方、経口避妊薬を服用中の方、『血栓性素因』という血が固まりやすい体質の方は注意が必要です」
すでに血栓ができていると思われる箇所を無理に揉み込むのも厳禁だ。
「片脚だけ痛み、腫れ、熱感、赤みなどの異常が見られたら血管内に血栓ができている可能性があります。そんな状態で無理に揉み込んでしまうと、血栓を動かしてしまい、『肺塞栓症』を引き起こすリスクになりかねません。安静にして、医師に相談するようにしてください」
安易な素人診断はNG。「第2の心臓」に異変を感じたら、早急に医療機関へ!
【「エコノミークラス症候群」セルフチェックシート】
以下の項目が多く当てはまるほどリスク高し! ※の項目は今すぐに医療機関へGO !
・4時間以上同じ姿勢でいることが多い
・半日で500ml以上の水分を飲む習慣がない
・肥満である
・妊娠中・出産直後
・外傷や骨折の治療中
・手術を受けたばかりだ
・下肢に麻痺がある
・慢性の心肺疾患や自己免疫疾患がある
・経口避妊薬を服用中
・過去にエコノミークラス症候群の診断を受けた
・血栓性素因がある
・下肢静脈瘤がある
・※脚(主に片方)に赤み、腫脹がある
・※脚(主に片方)に筋肉痛のような痛みがある(運動していないのに)